貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
 あれから一夜明けた今も、晃からの連絡はなかった。そのことを気にしつつ、連絡がないのはいつものことと割り切れる自分もいる。

 ホテルから学校へ行っても、生活には何一つ変わりはない。土曜日の今日は顧問をしている部活に顔を出し、生徒たちと他愛もない言葉を交わす。

 まさか私が離婚をかんがえてるなんて、誰も思ってないでしょうね。

 真梨子は学校を出ると、直接ホテルへは向かわず、駅のそばのショッピングモールに立ち寄った。

 家に帰らないと決めたため、服や下着を買い足す必要があったからだ。いつも使っているメーカーの下着類とパジャマ、メイク道具やスキンケアグッズ、服も数枚購入し、それから夕食を済ませてホテルに向かう。

 歩きながら夜空を見上げると、下弦の月が美しく輝きを放っていた。

「キレイ……」

 きっとこれからはこうして一人になる。寂しいかしら……でも今までだって、いてもいないようなものだったし、そんなに変わらないかもしれない。むしろ一人が当たり前になれば、期待しなくて済むから楽だったりしてね。

 ホテルに入ろうとして、真梨子は少し不安を覚えた。ここに来る目的が違うだけで、こんなにも緊張感が増す。
 
 そそくさとエレベーターに乗り込み、バーの一つ下の階のボタンを押す。フロアに降りた時の静けさは、不思議と真梨子を落ち着かせてくれた。

 カードキーをかざして中に入ると、気持ちが少しだけ上がる。

 やっぱり非日常空間だからかしら……。窓からの景色も美しく、こんな時でもウキウキしてしまうことに思わず苦笑した。

 入口を入ってすぐ左側にあるクローゼットに荷物をしまおうと、扉を開けた真梨子は驚きのあまり目を見開く。

 中には大量のワンピースやジャケット、山のような下着類が置かれていたのだ。そして靴の箱にメッセージカードが貼られていることに気付く。

『真梨子へ
 少しだけど使ってくれ。 譲』

 少し? こんなにたくさんあっても使いきれないわよ。でもそういうところに気がつくのは、やっぱりホテルの仕事をしているからなのかしら。

 とはいえ今はただの友人。こんなに高そうなものに手をつける勇気はない。真梨子はとりあえず自分で買ってきたものを取り出し、浴室に入ろうとした。

 その時突然ドアチャイムが鳴り、真梨子の体はビクッと震える。恐る恐る覗き穴から見てみると、そこには譲が立っていた。

 あぁ、そうだ。おしゃべりをしようって話だったわね。買い物をしたこともあり、頭からすっかり抜け落ちていた。

 真梨子は手に持っていた下着類を元の袋に戻すと、ゆっくり扉を開けた。
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