貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
 譲はカクテルを口にしながら宙を見た。

「真梨子に声をかけたのは、ただの興味本位。すごい噂になってたし、どんな子かと思って声をかけたんだ。そうしたらすっごいツンツンしてるし、でも言うことは正論だし、なのに時折見せる仕草が可愛いし。だから自分のことは明かさなかった。それで真梨子の態度が変わったら嫌だったからさ。普通の友達になりたかったんだ」
「でもあなたが提案したのは、普通の友達じゃなかったわよ」
「まぁそれはそれ。真梨子が魅力的だったから」
「ああ言えばこう言う」
「それ、学校の先生っぽいな」

 正直、譲がそこまで考えていたことに真梨子は驚いた。ただやりたい盛りの青年の、都合の良い言葉だと思っていたから。

 もしかしたら私は彼の言葉を軽く捉え過ぎていたのかもしれない。

「今になって思えば、真梨子は何を言っても変わらなかった気もするけど」
「……たぶん、逆に逃げたわね。そんなお坊ちゃんと関係を持つなんて、恐ろしくて出来ないわ」
「あはは。そういう考え方もあったのか。気付かなかった! だから真梨子は面白いんだ」

 変わらない譲の笑顔を見ていると、あの頃に戻ったような気持ちになる。ずっと会いたかった人なのに、好きというより今は懐かしい気持ちが勝っていた。

 十二年も離れていたわけだし、お互いあの頃よりも大人になっている。それぞれが歩んできた道があって、それによる変化もあるはず。

 ただ彼の笑顔や優しさは、時間が経っても変わっていないのは嬉しい。

 もしかしたら私も同じだったのかもしれない。譲は噂や見た目に流されず、ちゃんと私を見てくれた。この人の温かさが、辛かった日々の心の拠り所になっていたのは確かだった。

「真梨子に終わりにしようって言われてから、真梨子のことを何も知らなかったって思い知ったよ。探しようにも、手がかりが何もないから探せないし、そもそも見つけたところで、真梨子に拒絶されるかもしれない。そう思うと怖くなって思い留まったんだ」
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