貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
 朝になり、真梨子はレストランに向かう。譲からそこで朝食をとるように言われていたからだ。

 自分でお金を支払って宿泊しているわけではないので、少し引け目を感じながら朝食を食べる。誰かが作ってくれた食事は、不思議と美味しいと感じた。

 それから部屋に戻って、昨日買ったものや譲にプレゼントされたものを整理していると、突然着信音が鳴り響く。

 晃かもしれない……緊張しながらスマホを手にするが、画面に映し出された名前を見てホッとした。

「もしもし」
『おはよう。昨日は眠れたかい?』
「ええ、お陰様で。こんな早くにどうしたの?」
『いや、せっかく天気も良いし、もし真梨子に予定がなければどこかに出かけるのはどうかと思ってさ』
「えっ……」
『昔はよくドライブとか行っただろ? 友達とはいえ真梨子は人妻だし、近場だと誰かに会う危険もあるから、ちょっと遠出とかさ。どう?』

 真梨子の胸は高鳴った。というのも、晃は一人で車に乗ってゴルフに行くのに、それ以外の休日は家にいることを好んだ。そのため、真梨子は休日でも家にいることしか出来なかった。

「……いいの?」
『あはは。誘ってるのは俺だけど。行きたいところとかあれば、リクエストも受け付けるよ』
「じゃあ……海ほたるは?」
『行って帰るだけになるけど、いいの?』
「実は行ったことがないの。明日は仕事だし、あまり遅くなりたくないし」
『了解。じゃあ一時間後に迎えにいくから、準備して待ってて』

 電話が切れた後も、真梨子はスマホを握りしめる。嬉しくさのあまり顔の筋肉が綻び、頬が熱くなった。

* * * *

 どうなのかしら……真梨子は悩みながらも、両手にホットコーヒーを持ちながら譲の到着を待つ。

 真梨子はカフェ・ラテが大好きだった。だが晃はコーヒーが飲めないため、家には紅茶しか置いていなかった。

 あの頃はドライブといえば、こうして待つのが定番だった。今もこれでいいのだろうか……不安気な様子の真梨子の前に、シルバーの高級車が止まる。窓が開くと中から譲が顔を出し、真梨子の手に握られたコーヒーを見てにっこり微笑んだ。

「さすが真梨子。忘れていなかったな」

 窓からコーヒーを渡すと、真梨子はドアを開けて助手席に乗り込む。昔から外車のSUVが好きだと言っていた。相変わらずなのね……それが嬉しい。

「まぁ一応ね」

 サラッと言うが、譲が覚えていてくれたことが少し照れ臭かった。

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