貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
「出会いは?」
「友達の紹介。あなたと別れてすぐくらい」
「仕事は?」
「医者よ。外科医。忙しくてほとんど家にはいなかったけど」
「でもそれだけ大変な仕事だよ。命を守るんだからね」
真梨子はため息をつく。
「えぇ、わかってる。出会った頃は紳士的で優しい人だったのよ」
「俺と正反対?」
「それはどうかしら……。結婚して二年くらいでセックスレスになったの。私は子どもが欲しいのに、あの人は子どもが欲しくなかったみたい。それを結婚後に知って愕然としたわ。だって結婚したら子どもを作るっていうのが普通だと思っていたから。事実を知った時はもう手遅れ。知ってたら結婚しなかったかもしれない」
「俺なら真梨子そっくりな女の子が三人くらい欲しいって思うけどな。全員ツンツンして、でも時々『パパー』なんて抱きつかれたりキスされたら、もう悶えまくる」
「……あはは! 何よ、その考え!」
暗い話をしていたはずなのに、譲が変なことを口走ったせいで真梨子は笑いが止まらなくなる。
「まぁ確かに付き合ってる時から、デートして終わりっていう日がほとんど。びっくりなんだけど、十年一緒にいたあの人より、一年弱しか一緒にいなかったあなたとの方が、たぶんセックスの回数は多いと思う」
今思い返せばいろいろ気になる点はあったのに、深く考えずにスルーしてしまったのは私。
「だって俺は真梨子中毒だったからね。真梨子が消えてからの禁断症状は、医者に見せても治らなかったほどだし」
再び真梨子は吹き出すが、譲は不愉快そうに彼女を睨みつける。
「嘘だって思ってるだろ」
「当たり前でしょ。私は所詮セフレ。そんな存在価値はないわ」
真梨子は嬉しそうに譲の方へ向き直る。
「でも嘘でもちょっと嬉しかった。ありがとう」
「真梨子……」
「私ね、もうずっと笑えていなかったのに、ここ最近はお腹の底から笑えるようになってきたの。何も希望も持てず、寂しさに押し潰されそうになって……自分で言うのもおかしいけど、壊れておかしくなってた。正しいこととダメなことの分別がつかなくて、自分さえ良ければいいって勝手な発想ばかりが頭を埋めてたわ」
誰かを傷付けようが、そんなこと私には関係ないと思っていたの。
「自分に余裕がない時はそうなるものだよ。自分のことでいっぱいいっぱいで、人のことなんて考えられるわけがない」
「そうね……。でもね、二葉ちゃんも譲も私を想ってくれて……誰かに想われるってこんなに温かいんだって思い出した。だから今すごく楽しいの」
少し前までの荒んでいた自分が嘘のよう。
すると譲が真梨子の肩を抱き寄せた。
「……これからは俺が近くにいる。真梨子が寂しくないように」
そんなに甘やかさないで……昔の私ならそう言ったかもしれない。でも今はこの甘さがちょうど良く心に染み渡る。