貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
準備する
 仕事を終え、学校を出た真梨子はカバンからスマホを取り出す。

 深く息を吐くと、意を決して晃に電話をかける。呼び出し音が響く間、真梨子の心臓は早鐘のように打ち続けていた。

 しかし彼が出なかったため、そのままメッセージを送信する。

『あなたの次の休みに、改めてきちんと話し合いをしたいと思っています』

 きっと仕事中ね。そのうち返事が来るに違いない。そう思っていたが、すぐにスマホが鳴る。

『土曜日はゴルフなんだ。金曜日の夜なら大丈夫』

 なるほど。私と話したくなかったのね。都合が悪くなるとすぐに逃げる癖は、いつまで経っても変わらないのね。しかもこんな時までゴルフ? 真梨子は呆れて肩を落とす。

『わかりました。金曜日の十八時頃に家に行きます』
『わかった』

 スマホをしまうと、真梨子はその足で区役所に向かった。どうしても今日中にもらうべきものがあったのだ。

* * * *

 ホテルに戻りソファに腰を下ろすと、カバンの中から先ほどもらったばかりの離婚届を取り出す。

 婚姻届の時は、晃の父親と茜に証人になってもらった。まさか離婚届にも証人が必要だとは……。真梨子は深いため息をつく。

 真梨子はずっと両親と連絡をとっていなかった。というのも、晃が結婚式をしないと言ったことで、真梨子の両親との間に亀裂が生じたからだ。

『結婚式をしないのなら結婚には賛成出来ない』
 
 それは結婚式を挙げたかった真梨子を思っての父親の言葉だったが、晃と彼の両親はそれに対して反発した。

『当事者が決めたことに、親が口を出すのはおかしい』

 そう言って、二人で真梨子の父を罵ったのだ。

 真梨子は晃が好きだったし、自分が我慢すればいいんだからと怒り心頭の父を宥めたが、
『あの家族と親戚になるくらいなら、お前とは縁を切る』
と言われてしまったのだ。
< 88 / 144 >

この作品をシェア

pagetop