貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
 その後も両家の関係が良くなることはなく、真梨子はこの十年、実家とほとんど連絡をとらなかった。

「真梨子には俺たち家族がいるから」

 晃はそう言ったが、それも所詮は真梨子に実家との連絡を取らせないようにするための言葉だった。

 恋は盲目なんてよく言ったものよね。私には真実は見えていなかったの。あの時自分の父親の味方をしなかったことを後悔していた。

 結婚というのは新しい家族が増えること。確かに私は嫁いだけど、両親の子であることは何があっても変わらない。それなのに私は、私の家族を大切にしてくれない人を選び、その人の家族を大切にしようとしていたことが悔しい。

 父は私を大切に思っているからこそ、私のために発言してくれたのに……。

 真梨子は緊張しながらスマホを握り、実家の番号へ発信する。呼び出し音が、真梨子の緊張感を更に煽った。

『もしもし』

 出た。懐かしい母親の声に涙が出そうになる。

「……もしもし、お母さん? 私、真梨子」

 メールでは何度かやり取りをした。でも直接会話をするのは十年振りになる。

 しばらくの沈黙が続く。

『本当に真梨子なの……?』
「うん……今更電話なんかしてごめんなさい」
『……ううん、あなたが元気で幸せならそれでいいの。私たちが口を出すことではないもの』

 遠回しに拒絶されたような気がして、真梨子は悲しくなった。でもそうしてしまったのは自分だもの。受け入れなければ……。

「お父さんとお母さんは元気?」
『えぇ、元気よ。あなたは?』

 言うなら今しかない。そこで真梨子は大きく深呼吸をする。

「あのね……私離婚することにした」
『……えっ……』
「バカよね、今頃になっていろいろ気付いたの。私……本当はすごく辛かった……自分の親にも会えなくて、兄妹にも会えなくて……ずっと一人は寂しかった……」
『真梨子……』
「全て終わったら、ちゃんと挨拶に行くから……」

 その時母の声が少し遠くなる。何やらガチャガチャと音がしている。

「お母さん?」
『真梨子か』

 その声を聞いた真梨子は思わず固まってしまった。縁を切ると言った父が、優しく真梨子の名前を呼んだのだ。

「お父さん……」
『……その……なんだ……いつでも帰って来ていいんだぞ』

 電話口で照れている父の姿が目に浮かび、涙が止まらなくなる。

「本当にごめんなさい……ありがとう……」

 ようやく自分の家族を取り戻した瞬間だった。
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