貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
茜は真梨子をダイニングテーブルへと誘導する。子ども用の椅子が置かれ、テーブルにはクレヨンの落書きが見られる。
「あっ、後で消そうと思ってたんだ! まぁサインペンじゃないだけありがたいけど……。汚くてごめんね。もう片付けても片付けても片付かないのよ。やることが増えるし、泣くし、もうてんやわんやで」
「私からすれば、生活感があっていいけどね」
茜はグラスを二つ持ってきて、真梨子の持ってきたノンアルコール飲料を選びながら苦笑いをする。
それからお互いグラスに飲み物を注ぐと乾杯をした。
「真梨子に会うのって何年振りかな?」
「たぶん三年くらいじゃないかしら。長男くんが赤ちゃんの時に会ったきりだったから」
「そっか……もうそんなに人との交流がなくなってたんだ〜」
「……そうなの?」
「そうなの。仕事をしてない母親って、意外と孤独なのよ。まぁ私の場合は一人が好きだからいいんだけど。それでも子どもの声しか聞いていないと、ちょっとおかしくなりそうになる時もある。よく『部屋の乱れは心の乱れ』とか言う人がいるじゃない? 片付けたそばから汚されたら、イライラして心を整えようがない。だから最近は汚れて当たり前って思うようにしてる」
一本目を飲み干した茜は、すぐさま二本目をグラスに注ぐ。
「さっき真梨子が『生活感があっていい』って言ったじゃない? 私からすれば、真梨子はいつもキレイだし、仕事をして好きなものを買って、好きなことをやる時間もあって……そっちの方が羨ましいって思うよ」
一口含んでからグラスを握りしめ、茜は大きなため息をついた。
「要はさ、無い物ねだりなんだよね。お互い自分にないものを持っているから羨ましい。でもその裏で、苦しみも抱えているのよね。しかもその苦しみは自分にしかわからないし、絶対に理解なんてしてもらえない。まぁそれで卑屈になっちゃうところもあるんだけどね」
茜の言葉は、真梨子の心に刺さる。子育ては大変だと思っていたけど、どこかで軽く考えている自分もいた。みんなやってるし、やれば出来るはず。それは経験したことがないから想像しか出来ず、私の方が辛いと勝手に思い込んでいたのかもしれない。
「本当に私……自分のことばっかり……」
真梨子は思わず肩を落とした。