貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
 すると茜は首を横に振る。

「そんなことないよ。私だって同じだから。自分が忙しくて辛いから、真梨子のことを考える余裕がなかった。ごめんね」
「そんなこと……私こそ……」
「私ね、真梨子にずっと謝りたかったの」
「何を?」

 なんのことがわからず首を傾げる真梨子に、茜は唇をぎゅっと結び、目を伏せた。

「大学の時に言った言葉。覚えてるかな……『一番好きな人とは結ばれない』って。真梨子をセフレと別れさせるために言ったのに、あの後の真梨子を見ていたら、余計なお世話だったって気付いた。あんな憔悴して……しかも真梨子の結婚相手が気に食わなくて、たくさん暴言も吐いちゃった。私が余計なことを言ったから……真梨子の幸せを壊したのは私なんじゃないかって思って、ずっと後悔してたの……」
「茜……そんなふうに思ってたの?」

 茜は膝を抱えて、そこへ顔を埋める。彼女の本心を知って、真梨子は驚いた。

「そんなことない。確かに茜に助言はもらったけど、あれは私が選択したことだし……。夫のことだって、茜の言葉は正しかった。でも……たぶん私たち二人とも若かったのね……。お互いムキになっちゃったのよ。今なら冷静に聞けるもの」

 真梨子はカバンの中から、茶封筒にしまわれた離婚届を取り出すと、にっこり微笑んで茜の前に差し出す。

 茜は驚いたように目を見開くと、真梨子へと視線を移す。

「これって……」
「うん、ようやく決心がついたの。だからね、申し訳ないんだけど、茜に証人になってほしくて。ダメ?」
「ダメじゃないけど……よく決心ついたね」
「ここ最近ね、すごくいい出会いをしたの……。その人たちがいろいろ気付かせてくれたから、私は自分のために生きようって思えた感じかな」

 茜は立ち上がると、背後のチェストの引き出しからボールペンと印鑑を取り出すと、再び椅子に座る。

「真梨子には悪いけど、こうなればいいってずっと思ってた。でもいざそうなると、何故か私が不安になる」
「どうして茜が不安になるのよ。私は自分の意志で決めたのよ、だから平気」

 真梨子は書いてもらった離婚届を封筒に戻してからカバンにしまうと、そのまま立ち上がった。

「茜、また遊びに来てもいい? 今度はチビちゃんたちが起きている時間に」
「もちろん」
「ありがとう。じゃあまたね」

 自分の口から次の約束が出来たことに、真梨子は笑顔になれた。
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