私だけはあなたが好きだから大丈夫
プロローグ(鏡①)
「こんな顔じゃなければ、私は幸せになれるのに・・」

博士は鏡の前で今日もため息をつく。

「けれど、鏡を見て落ち込むのも今日で終わりよ。過去に戻り、この顔を治して、必ず本当の自分を取り戻してみせる」

博士は強い決意を胸に、鏡に映る自分に語りかけた。

博士の顔にはとても大きな傷跡がある。子供の頃に交通事故で負ったものだ。

「気持ち悪い」、「かわいそう」、「私の顔は普通で良かった」

これまでに多くの人に蔑まれ、同情され、他人を肯定する道具にされた。好きになった人が自分を好きになってくれることもなかった。おとぎ話のように、王子様が迎えに来ることを期待するのも、早い時期にあきらめた。

傷は深く、病院で治すことはできなかった。カウンセラーは「自分を受け入れなさい」と言ったが、その言葉は博士を救えなかった。顔に傷のないカウンセラーの言葉は、無責任で理不尽なものとしか思えず、全く納得できなかったからだ。

ある人は「人は見た目じゃなく中身が大切なのよ」と言った。町中ですれ違う人はチラリと博士に好奇の目を向けるが、博士と向かい合った人はまっすぐに彼女の顔を見ない。

「そう、私は他人から見たら透明なんだ。彼らはこの傷しか見ていない。顔も見てもらえないのに、どうして私の中身が他人に伝わるのだろう?」

やはり博士は納得できなかった。

結局、誰も博士の悩みを消すことはできなかった。博士にできる事は、人目に触れないように顔を隠すことだけだった。博士は前髪を長く伸ばしているし、外出するときはいつもマスクをして、なるべく下を向いて歩いている。

子供の頃に描いていた未来とはずいぶん変わってしまったと、博士は鏡に映る自分を見て思う。

「誰も私を助けてくれなかった。私を救えるのは、きっと私だけね。この傷が消えれば、皆が私をちゃんと見てくれる。そうすれば、きっと私は自分を好きになれるわ」

物理学者である博士はタイムマシンを作って、過去を変えることにした。事故を未然に防いで、この傷を消すつもりだ。

「次に会うときには、あなたは別人になっているわ」

博士は鏡に映る自分に話しかける。

「・・楽しみにしているわ」

鏡の中の自分がそう答えた気がした。

ふと見ると、雨がカタカタと窓をたたいている。夕方から降り出した雨は、夜遅くなっても止む気配がない。博士はタイムマシンに乗り込み、日時と位置情報を入力して目をつむる。

「私の設計が間違いでなければ、目が覚めたときは、私は25年前のあの日にいるはずだ」

ピッピッピッと機械音がなり、博士の視界が真っ白になる。
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