君だけに捧ぐアンコール
 昨日の失礼な男性を思い出してイラっとしたところに、携帯が鳴った。

『もしもーし、花音ー?元気にしてる?』

「真知子ちゃん、元気だよ~」

 真知子ちゃんは私の育ての親。叔母にあたる。真知子ちゃんと夫の隆文さんはピアニストとして活動していて、世界中を転々としているのだ。
 ちなみに「真知子ちゃん」と私が呼ぶのは真知子ちゃんのこだわりだ。母と年の離れた妹である真知子ちゃんが、私を引き取ったのは20代後半だった。当時はまだ「おばさん」と言われるのが嫌だったそうで、引き取られた7歳の時から真知子ちゃんと呼んでいる。

『あのね、花音にお願いがあって連絡したのよ。』

 真知子ちゃんのお願いに、私はとっても嫌な予感がよぎる。昔から、改まってする真知子ちゃんの「お願い」にはろくなことがない。

『忙しいのは承知なんだけど、少しの間、実家に住んでくれない?久々に隆文さんの生徒さんが住むことになって~。』

 私の育った家は少し変わっている。真知子ちゃんと夫の隆文さんの生徒達が、合宿のように訪れ、住み込みで二人のレッスンを受けていたのだ。実家だけど知らない人がいる、という変わった環境だった。
 つまり今回も、「生徒が住み込みレッスンを受けるので家政婦をしてほしい」という依頼だろう。勝手知ったる家だけど。それとこれとは話は別!

「いつもの家政婦さんは?私だって仕事あるし無理だよー!」

『あの家政婦さんはぎっくり腰になったのよ~。他の会社に頼もうかとも思ったけど、もうプロ活動もしてる子だから、何かスキャンダルとか困るし〜。それに音楽のことも詳しい人がやっぱり面倒見ていてほしいし。』
< 10 / 43 >

この作品をシェア

pagetop