君だけに捧ぐアンコール
第一楽章
その日、私、百瀬花音(ももせかのん)は、久々に大学時代の先輩と会っていた。

 会社帰りに駅前のカフェで待ち合わせ。3月初旬とはいってもまだ冷えるので、ホットのホワイトモカを注文した。
 目の前の東堂春乃(とうどうはるの)先輩は、普通のホットコーヒーなのに、その小さなカップが可愛くみえるのはなんでだろう。
 
 春乃先輩は、大学の2期上で、音楽部器楽科ヴァイオリン専攻の首席卒業生だ。就職先は、日本シティフィルハーモニー交響楽団。プロオーケストラの一員として活躍中のキラキラ女子。私の憧れの人である。

「今度の演奏会、聴きに来ない?」

「日フィルの演奏会ですか?最近聴きに行けてないし、行きたいです!」

「ふふっ。夏の演奏会も来てくれたじゃん。いつもありがとうね。」

 そう笑う春乃先輩はやっぱり美しい。小さなお顔に大きな目が印象的で、ゆるふわの髪がその可愛らしさを存分に引き立てている。細身で小柄。女子オブ女子だ。これでプロオケのヴァイオリニスト!神様与えすぎじゃないですか。
 対して私は特に特徴のない顔立ちだし、身長も体重も平均的で、健康が取柄の平凡女。先輩とは同じオーケストラのサークルで仲良くなったが、学部も学年も違うのでなんだか不思議な組み合わせだ。しかし、同じヴァイオリンパートのメンバーとして、卒業後もかれこれ5年近く仲良くさせてもらっている。

「今回の演奏会は、客演呼ぶの。だから満席にしなくちゃかなって。」

 客演とは、オーケストラ団員以外の、プロ奏者を招いて演奏することだ。
ピアノやヴァイオリンなどのソリストを呼ぶこともあれば、指揮者を呼ぶことも。

「客演って有名な方ですか?」

「んー知ってるかなぁ。最近話題らしいんだけど、『KEI』っていうピアニスト。まだ若いけど、SNSとかで人気みたいで、団長が呼んできたの。」

「ピアニストってことは、曲目はピアノ協奏曲ですか?!」

「そうそう。花音が好きな、あの曲♪」

 そう笑う春乃先輩はとっても美しかった。
この演奏会が、すべての運命を変えていくことを、私はまだ知る由もなかった。

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