君だけに捧ぐアンコール
(思っているよりもっと、ショックだなぁ。)

 彼の笑顔は、どうして他の人も見ていないって思ったんだろう。彼は音楽の人だ。そりゃいい演奏が出来たら嬉しくて笑うだろう。楽しくて笑うだろう。そのそばにいつも自分がいるだなんて、そんなことはありえない。

 コンサートが終わり、拍手をあびながら互いに握手を交わす彼らを見て、すぐに会場から飛び出した。思わず空を見上げる。夜空に星がきらめいて、月が美しく鎮座している。
 あの豪華なコンサートにピッタリの夜空だ。ただのファンならば、演奏会の帰りにこんなに素敵な景色まで見れてラッキーと思うのだろう。
 でも、頬を伝う冷たい感触に、自分の気持ちを悟ってしまった。

「…っ」

 どうして、キスなんかしたんですか。優しい声で名前を呼ぶんですか。私の為に演奏してくれたんですか。加賀宮さんは何も悪くないのに、次々と責めるような言葉が浮かんできて、自己嫌悪に陥る。とぼとぼと歩きながら帰宅していると、携帯が震えた。

『やっほー花音、元気ー?』

真知子ちゃんだ。思わず涙が出てくる。

「っ…真知子ちゃんっ」

『えっやだっ!泣いてるの?!どうしよう、帰国、帰国しようっ!ちょっと待ってパスポートどこやったっけ!』

「っ、ごめん、話聞いてくれたら、大丈夫だから。明日も演奏会あるでしょ」

『うん…あるけど、私の一番は隆文さんと花音だよ』

 真知子ちゃんの温かい一言に心が救われる。真知子ちゃんも隆文さんも、忙しくて家を空けることもあったけれど、いつもこうして私が大切だと言葉や行動に示してくれた。社会人になってまだ甘えてしまう自分が情けないけれど、心配させたままだと本当に帰国してきてしまうので、話すことにした。

「…真知子ちゃん…あのね…」

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