君だけに捧ぐアンコール
 その日、打ち上げを終えて深夜に加賀宮さんは帰宅したようだ。
気持ちを自覚した今、会いたいけれど避けたい矛盾した気持ちのまま、眠れずにいたので、物音に気付いた。

 少し時間をおいて水を飲みにリビングへ行くと、意外にもまだ加賀宮さんがいた。酔っているのか、ソファにぐったりとしている。

「かっ、加賀宮さん?ソファで寝たら風邪ひきます…よ?」

恐る恐る近寄って声をかけると、大変色っぽい目線が飛んできた。イケメンの酔っ払いは心臓に悪い!

「コンサート、聴きに来た?」

「はい。素敵でした。」

 思い出すだけで素敵な、加賀宮さんと椿原葵のデュオ。そして加賀宮さんの、KEIの笑顔。あんなにすごい演奏を聴いたのに、気分はどんどん沈んでいく。

「なんでそんな浮かない顔?あんまりよくなかった?」

「いいえ!演奏はとっても素敵でしたよ!本当に素晴らしかったです。」

「じゃあ、なんで泣いてるの?」

 そう言われて初めて、自分が泣いていたと気付いた。自覚した途端、加賀宮さんを前にして、この気持ちがとても苦しい。美しい音楽もキラキラしたステージも、憧れも、全部嫉妬に代わっていく。真っ黒になっていく。こんな自分、嫌だ。

「…加賀宮さんが…、手の届かない存在なんだって、改めて思い知らされた…というか…あ、わ、わたし何言っているんでしょうね、ははっ」

 告白めいたことを言ってしまって焦って誤魔化そうとしていると、彼は私の手を掬い取った。彼の高めの体温にドキッとする。
 
「俺は、ここにいるけど。」

 恥ずかしいけれど、精一杯の勇気で加賀宮さんを正面から見つめた。きっと私の顔は真っ赤だろう。だが彼も熱のある瞳で私の顔を見つめていた。

「手はもうずっと前から、届いてる。」

「…はっきり言ってくれなくちゃ、分かりません」

 わずかな期待を原動力に、わがままを言ったら、「ふっ」と彼が笑う。その笑顔に見とれていると、

「お前が好きだ、花音。」

と聴こえた。そのはにかんだ笑顔をもっと見ていたかったけれど、私はすぐに彼の腕の中にいて、どちらのものかわからない大きな鼓動を感じた。

 彼の体温を感じながら、「私も、好きです。」とつぶやくと、また彼が笑った気がした。


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