君だけに捧ぐアンコール
第四楽章
「先輩めっちゃ機嫌いいっすね」

 宮崎君がまた目ざとく私の変化に気づく。5月ももうすぐ後半に差し掛かり、来月号の締め切りが近いので、原稿を仕上げているところだ。気温も何もかもアツイので正直放っておいてほしい。私の心はご指摘通り浮かれポンチですが。

「分かりました!先輩彼氏できたんすね?はっ!まさか寿退社ですか?」

 ちょっと引くくらいの察しの良さに驚きつつも、必死に冷静を装う。

「そんな予定ないって言ったでしょ。ほら仕事仕事!」

「えーじゃあ宝くじにでも当たったんですか?」

「違うわよ。ほら仕事しなさい。締め切り間に合わなくなるよ!」

「うう、残業今月やばいんですよね・・・がんばりまーす」

 彼氏ができたことは、秘密にしている。
加賀宮さんと二人で話をしたわけではないが、人気商売のピアニストに彼女がいたら邪魔になるかも、と思い、誰にも言わないことに決めた。
単にまだ信じられないというのもある。

 付き合って二週間、特に進展はないが、彼がふとした時に笑ってくれるようになったので、これが彼女の特権だと思いたい。
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