君だけに捧ぐアンコール
 会社帰りに買い物をして帰宅すると、窓辺でたたずむ彼がいた。月明りを浴びて、まるで月に帰る前のかぐや姫のよう。神秘的なその姿が怖くなった。

「おばあ様のことを考えているんですか?」

 話しかけるとハッとした彼が、「誰に聞いた?」と低く聞いた。

「隆文さんから。記事も読みました。」

 加賀宮さんは、くしゃっと髪の毛を掻きながら顔を歪めた。

「俺の音は似ているんだ。だから孫だと気付かれたなら、おしまいだ。」

「っそんなこと!」

「パリで活動していた時も気づかれたあとは批判の嵐だった。」

「ここは日本です。それにあなただけのファンだってもうたくさんいます」

「そんなことない!」

声を荒げた彼に思わず驚いてしまった。ビクッとしてしまった私に気付き、「…悪い。今日はホテルにでも泊まる」と立ち上がる。

そうして彼がゆっくりと玄関へと向かう。その背中を見た瞬間──

『じゃぁいってくるわね』
『いってきます!ちょっとだけお留守番していてね』

そう言って帰ってこなかった両親を思い出した。

「だめ!!」

思わず玄関にいる彼に飛びつく。

「ここで、私見送りたくない。もしこの後事故に会ったら?私たち永遠に会えなくなる。いま、離れたくない。何も話さなくていいから、ここにいてください!」

 泣きじゃくる私に「…わかった。悪かった。」と言って優しく抱きしめてくれた。
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