君だけに捧ぐアンコール
君だけに捧げるアンコール

 ピアノのレッスンを受けに行くと、泣いている少女がいた。小学生くらいだろうか。先生が「花音」と呼んでいた。
 かのん という音で思い出す曲を弾いてみた。喜んでくれたらいいと期待した。

「それ、かのんの曲だ」

「パパとママに会いたくて泣いてたの。」

 両親に会えたみたいで嬉しいと言った笑顔は、涙にぬれていたけれど、とても美しかった。あの日から、ピアノに取りつかれたように弾き続けた。



「今日はとってもいい気分なので、一杯飲みたくて。」

 演奏会の後に挨拶もそこそこ切り上げて近くのバーに滑り込んだ。昔から時々通っていて、マスターは俺を売れない音楽家だと思っている。
そうして一人で飲んでいたところに、アイツの声がした。
もう何年も会っていないのに、声を聴いたらわかってしまった。
 
花音だ。
 
 あの、泣いていたあの子だ。今は酒を飲むようにな年になったのかと、感慨深い気分になる。声をかける気はないが、聞き耳を立てては悪いと思い、早々に帰宅しようか迷っていた。

「…お洒落な格好だし、もしかして、デート?」

マスターの声にハッとする。酒を飲む年齢ということは、恋愛だってしていてもおかしくないのか。

「ふふっ。これは──」

聴きたくない!
気付けば勢いよく立ち上がっていた。そのまま財布から金をカウンターに置く。

「帰る。」

 自分の衝動的な行動に驚きながら、続きは聴きたくないと思い、急いで店を出ようとした。その時だ。

「あの、うるさくしてすみませんでした。」

 花音がこちらをみている。
誰の為に着飾ったのか、可愛らしい花柄の長いスカートをはいている。あの頃よりもっと大人っぽくなった。だが、変わらない宝石のような眼差しがこちらをみている。目が合っても俺だと気付く様子もなく、それどころか目をそらされてしまった。

「…ばーか」

 思わずそう言い残して去ってしまった。それが、花音と俺の再会だった。

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