敏腕パイロットは契約妻を一途に愛しすぎている
こいつが昨日とおととい、杏の仕事終わりを狙って待ち伏せしていたとすると俺のことも知られている可能性もあったが、川本の反応を見る限りそれはないと判断した。
あたりが暗くて車の中にいる俺の顔までは見えなかったのか、そもそも待ち伏せをしていなかったのかどちらかだろう。
「席に案内しますのでこちらにどうぞ。あ、段差あるんで気をつけてください」
そういうことを気遣えるあたり、どうやら接客は丁寧らしい。それに、まだ出会って数十秒ほどだがなんとなく人の懐に入るのがうまい印象を受けた。
「藤野さん、うちの美容室初めてですよね。どこで知りました?」
カット用の椅子に案内されて腰を下ろすと、俺の背後に立つ川本が尋ねてきた。
お前の元妻の兄から聞いて知ったと正直に答えられるはずないので、ここは適当に答える。
「友人の紹介です」
「あー、なるほど、そうなんですね。了解っす。で、本日はどうされますか」
接客用のにこやかな笑顔を浮かべる川本と鏡越しに目が合った。
行き着けの美容室でカットしてから一カ月ほどが経過している。特に気になるところもないのだが適当に要望を伝えてカットを頼む。それならここをこうした方がいいですよ、と川本からの提案もありそれに頷く。
本音を言えば杏の元夫にヘアカットされることに対してあまりいい気はしないが仕方ない。ここは我慢だ。