敏腕パイロットは契約妻を一途に愛しすぎている
「杏はネイリストをしているんだよな」
「そうだよ。匡くんはまったく興味ないだろうけどね」
「そんな拗ねんなよ」
不貞腐れてそっけなく答える私に匡くんが苦笑する。
「俺はあまりその世界のことは詳しくないけど、杏が頑張っているのは知ってる。自分の店持ったんだろ」
「え、どうして知ってるの?」
「慎一に聞いた」
「お兄ちゃんか」
親友のふたりは今でもお互いの予定が合えば食事に行く仲らしいので、そのときに兄が匡くんに私の仕事のことを話したのだろう。
同じように昨年の私の結婚報告も匡くんは兄伝いで聞いている。もしかしたら私の情報はお喋りな兄によって匡くんにけっこう筒抜けになっているのかもしれない。
「じゃあ私が離婚したことも知ってるよね」
「……は?」
話の流れでさらりと告げれば、匡くんは目をきょとんと丸くさせ、珍しく表情に明らかな動揺を滲ませる。
当然知っているだろうと思ったが、この様子だと私の離婚については知らなかったらしい。
お兄ちゃん、言わなかったんだ。
しばらく石像のように固まっていた匡くんが、不意に私に手を伸ばして左手首を掴んだ。そのまま自身の方に軽く引き寄せる。
「そうか、だから指輪をつけていないのか」
納得したように呟いた匡くんが私の左手をじっと見つめた。