敏腕パイロットは契約妻を一途に愛しすぎている
彼の言う指輪とはおそらく結婚指輪のことだろう。それなら元夫と結婚中もつけていなかった。高額な指輪を買えるほど私たちにお金の余裕がなかったから。
私の手首を掴んでいた手を離した匡くんが聞きづらそうに口を開く。
「いつ離婚したんだ」
「三カ月前」
「理由は?」
理由……。
思わず言葉に詰まってしまう。
「えっと、元夫の――」
「藤野さーん」
〝不倫〟と答えるよりも先に、離れた席から明るい声で匡くんを呼ぶ声が聞こえた。ふたりで同時にそちらに視線を向けると、赤嶺さんが大きく手を振っている。
「まだですかー? 料理が届いたんで食べましょうよー」
赤嶺さんの声に匡くんが軽く右手を上げて応じた。椅子から立ち上がると、私にすっと視線を下ろす。
「杏、連絡先は変わってないよな」
「え、うん。変わってない」
「それならいい。またな」
そう言い残して匡くんは颯爽と去っていき、同僚たちの待つテーブルに戻ってしまった。
またな、と言った彼の声がなぜか耳に残って離れない。
離婚の話が中途半端になってしまったけれど、たぶんこれで東京に戻れば私たちはまた音信不通になるのだろう。彼の言う〝また〟がくるのは今度はいつかな……。
そんなことを思いながら食べかけのラフテーを口に含んだ。