絢なすひとと
「金融の会社じゃなくて、僕、転職するんです。正確にいえば家業を継ぐことになりまして」

へぇ、と間の抜けたあいづちが出る。話が見えてこない。

「先日お渡ししたのは今月末まで在籍している会社の名刺で。来月からは、こちらになります」

差し出されるまま、名刺を受け取る。
『株式会社ほづみ屋 代表取締役
  七尾(ななお) (つかさ) 』

「…ほづみ屋さんって、ひょっとしてあの、呉服のほづみ屋さんですか?」

ご存じなんですか、と彼が意外そうな表情を見せる。

「ええ、前職がブライダル関係だったので。和装の式の時にレンタルをお願いしたことがあります」

「ああなるほど。マイナーな業種なので、名前を知っていただいているだけでやっぱり嬉しいです」

「そんなことないですよ。少なくともブライダル業界だったら、誰でも一度は耳にしたことがあるはずです。本当に趣味が良くて質が高い着物が揃っていて。たしかに値は張ったんですけど、すみません、でも一度ほづみ屋さんの打ち掛けを羽織ってしまうと、もう他のものは選べない、ってお客様がおっしゃるんです」
懐かしさもあって、ぽんぽんと言葉が口をついて出る。
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