絢なすひとと
「近くに休憩コーナーがありますから、そこに行かれたほうが…」と勧めてみる。

ありがとうございます、と小さく返ってきて、ゆっくり歩き始めた。左足を少し引きずっている。
見ず知らずの男性ではあるけど、転倒した場面を目の当たりにすると、おせっかいながら心配になってしまう。

ベンチにたどり着くと、彼はそろりと腰を下ろして、大きく息をついた。

「あの、ちょっと待っててください」と告げると、もの問いたげに目を(しばた)く彼を残して、わたしは小走りに地下フロアに向かった。
目指したのはドラッグストア。

あった、と瞬間冷却パックの箱をつかんで会計を済ませると、またベンチへとって返した。
膝に手を添えて座っている彼の姿が目に入ると、なぜだかほっとしてしまった。

「これ、よかったら使ってください。あとで病院に行ったほうがいいのかもしれないですけど」
打撲にはまずアイシング、と学生時代に陸上部の友達から聞いたことがあった。
< 3 / 71 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop