絢なすひとと
心配しなくてもいい、と彼がちらとだけこちらに視線を向けて、ふわりと笑んだ。
すぐに視線を前方に戻すと「現実的な話をさせてもらうと、会社の経営状態は良好だ。うちの父親がずっと財務管理をしていたし、内部留保もしっかりある。
具体的には一年間売り上げが無くなっても、社員全員に給料を出せるくらいは」

わたしは前職で、会社の解散と失職を経験している。七尾さんはそんな不安まで取り去ろうと心を砕いてくれているのだと気づく。

「…どうしてこんなにわたしに親切にして下さるんだろう、ってもったいないくらいで」

彼は答えない。黙ってハンドルに手を置いて前方に視線を向けたままだ。
車内の空気が、ふっと濃くなった気がした。

落ちつかなさに、意味もなくシートベルトを指先でいじる。

「あ、あの、このへんで大丈夫です…」

通りのガードレールの切れ目に接するように、七尾さんが車を静かに停める。

ありがとうございます、と告げながらシートベルトを外そうとするわたしの手に、彼の手が重なった。
< 36 / 71 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop