絢なすひとと
———そう長い時間ではなかった、と思うのだけど。
時間の感覚は消し飛んでしまっていた。

七尾さんが自らを引き剥がすように、体を離した。

シートベルトをしているのに、骨が溶けてしまったように、わたしはシートに沈みこんでしまう。

このまま行ってほしい、こらえていた息を吐くような彼の言葉。
目はわたしを見ようとしない。
「あまり長いこと、紳士でいられないんだ」

こきざみに震える手でシートベルトを外して、転がるように外に出た。
車に一礼して、逃げるように背を向ける。もつれる足をなだめながら、自宅に帰りついた。

恋愛経験の少なさが、彼にもすっかり分かってしまったに違いない。
でもわたしにはどうしようもなかった。

ひとりになって、のぼせ上がった頭も少し冷えてくると、不安もわいてきた。
七尾さんは、なにか具体的なことを口にしたわけじゃない。

交際していない男性とキスをした経験さえなかった。
あれがただの彼の気まぐれだったら…と思うだけで胸が疼いて止まらない。
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