絢なすひとと
〈七月ともなると街中はそろそろアスファルトの照り返しがきついけど、庭園を歩くぐらいなら楽しいんじゃないかな。茶屋もあるし〉

「わぁ、素敵!」
電話で思わずはしゃいだ声を出してしまった。こんな歳になってピクニックに行く子どもみたいだ。

その日曜日は、朝から早起きして着付けに取りかかった。四苦八苦しながらお太鼓結びまで仕上げて、一息つく。あとは着崩れないことを願うだけだ。

少ない手持ちから、雪輪の飛び柄の小紋に(しゃ)の袋帯を合わせた。ホテルという場にも適っている、はずだ。

約束の時間ぴったりに、司さんが迎えにきてくれた。彼はネクタイ無しのスーツ姿だった。

金融会社にいたときは、さまざまな立場のクライアントと会う都合上、ひと目でどこのブランドか分かるものは身につけなかった、と司さんは車内でそんなことを話してくれた。
「今は名刺がわりにほづみ屋の呉服を着ていくこともあるから、不思議な気分だよ」

店に立つことはないけれど、取引先の方と会うときなどは司さんも着物を纏うことがある。
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