絢なすひとと
「来月には新店も出すんでしょう、楽しみねぇ」

お客様の言葉に、どうぞあちらもご贔屓に、と先生がにこやかに答える。

季美子さんがあんなことになってしまったときには、どうなることかと思ったけど、とお客様はしんみりした口調になり、でも、と思い直したように続ける。
「宗介くんも桜帆ちゃんも、若いのにしっかりしてて。桜帆ちゃんなんて、あの年で季美子さんのお着物をきりっと着こなして。このあいだお店で斜め後ろから見たとき、一瞬季美子さんかと思ったくらいよ」

季美子さんもさぞ美しい方だったのだろうと、容易に想像がついた。

そうそう、と思い出したように言葉を継ぐ。
「もう一つのお(いえ)から新しく社長を迎えられたんでしょう。このあいだ展示会でちょっとご挨拶させて頂いたけど、まあ美丈夫(びじょうぶ)だったわね」

やや古めかしい言い回しも、和室に着物姿だとしっくりくるから不思議だ。
しかし、もう一つのお家とは、どこか引っかかりを覚える言葉だった。

「どうぞお見知りおきください」
と美幸先生。

「幾つになっても男前は目の保養になるわ。利休茶(りきゅうちゃ)の羽織が憎いくらいに似合って、こう、オーラがあるのね」
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