絢なすひとと
司さんのことが、自分が想っているひとが話題に出るだけで、胸が高鳴ってしまう。
褒め言葉を聞くと、自分のこと以上に面はゆい。緩みそうになる口元をきゅっと引き締めた。

「おモテになるんでしょうけど、ご結婚はされているのかしら?」
単純な好奇心、といった口調だ。

「まだのように聞いております」
やんわりと先生が答える。

「余計なお世話だけど、それだったら桜帆ちゃんと似合いの取り合わせねえ。二つの家が一つになるわけだし」

美幸先生に帯留めを差し出す手が、一瞬動揺に震えた。とっさに顔をうつむける。
固まるわたしの手から、先生が帯留めを(すく)うように取った。

まさに美男美女よね、という他愛ない調子のお客様の声が、(きり)でも差し込まれたように耳に刺さる。

頭をガン、と内側から殴られたような衝撃が、グワングワンと痛みとともに頭蓋を圧迫している。
目眩(めまい)をこらえながら、その後はどうやり過ごしたのか、ほとんど記憶にない。

先生がずっと素知らぬふりをしてくれたのが、ありがたいような申し訳ないような。
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