絢なすひとと
〈なにかあったのか〉
問うというより、穏やかに語りかける口調だ。

「えっ、なにかって…」
図星を指されすぎて、答える言葉が見つからない。

今日の午後事務所で見かけたとき顔色が悪かった、と彼は直入に言った。
〈体調が悪いのか?〉

「そ、そんなことないです。ないから…だいじょうぶ」
会社では上司だから、いまだに丁寧語の切り替えに迷うときがある。

〈じゃあ、仕事でトラブルでも?〉

「そんなにわたし…変だった?」

ああ、という返事には確信の響きがあった。
〈顔がこわばっていて、明里のいつもの溌剌(はつらつ)とした明るさがなかった〉

そこまで表情や態度に出てしまっていたなんて、社会人としての自信も失ってしまう。
恋人が心配してくれる優しさは嬉しいけど…いや、恋人なんて表現していいんだろうか。
その資格がわたしにあるんだろうか。

お客様の着付けで失敗してしまったの、と混乱した頭を抱えながら、ごまかしの言葉を並べる。
「ほんとにそれだけのことだから、心配かけてごめんなさい」
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