絢なすひとと
明里、と落ち着かせるように彼がわたしの名を呼ぶ。

〈なにか…自分ひとりで抱えきれないことがあるなら、俺にもその荷を持たせてほしい。力になりたいんだ。
最初に会った時に、明里が見ず知らずの俺を助けるために手を差しのべてくれたように〉

「司さん…」
彼に優しくされるほど、かえって苦しくなってしまう。
自分にそんな価値があるんだろうかと、思考のループに落ち込んでしまうのだ。

曖昧にしたまま、電話を終わらせてしまった。
打ち明けても打ち明けなくても後悔する気がして、結局なにも言えずじまい。

桜帆さんとのことや、“二つの家” のこと。
もし不安や疑念を口にして、司さんとの関係にヒビが入ってしまったら…想像するだけで心臓が冷たく痛む。

せっかく巡りあえた仕事が…それ以上に、自分の心が壊れてしまう。
つまるところわたしは、一秒でも長く司さんのそばにいたいのだと思い知らされた。
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