絢なすひとと
落ち着け、と自分に言い聞かせる。
今までの人生で一番辛かったことはなんだろう?

辛いにも色々種類があるけど、もろもろひっくるめても、前の会社の解散と失職だろう。
あの時の無力感と不安に比べれば、と思う。
努力が水泡と帰したわけじゃないし、経済基盤を失ったわけでもない。

つまりは、恋の悩みだ。
たかが恋、されど恋。

客観視しようと努めても、それは重く苦しいものだった。

やっぱり司さんに打ち明けて、聞いてもらったほうがいいんだろうか。
でも、彼の負担になりたくない…

気持ちは堂々巡りで、答えは出ない。

仕事に意識を向けていても、ふとした折に私情が顔を出してしまう。
ともかく着付けのレッスンを終えて事務所に戻っても、気持ちは揺らいだままだ。

…このまま何日かやり過ごせば、心は()ぐものだろうか?
あのときお客様のお喋りを耳にしなければ、彼との京都旅行を夢見ながら過ごしていただろうに。
いや違う、司さんとお付き合いをしていれば、いつかは向き合わなければいけなかったことだ。
遅いか早いかの違いだけで。
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