絢なすひとと
司さんがスケジュールが空いている社員を伴って下見に行くのは、以前もあったことだ。

そんな新社長の姿勢は《合理的》《序列にとらわれない》と、社員から肯定的に受け止められている。

「すみません、乗せていただいて」
今は業務時間だ。なるべく敬語でいようと意識しながら、シートベルトを締める。

いやいい、と彼がかるい手さばきでハンドルを切る。
「一人も二人も変わらないさ」

本当に業務の一環としての下見なのか。
そしてそれ以上の意味がないことを、わたしは望んでいるのか…

恋をするということは、同時に臆病になるということだ。
失いたくないものができてしまうから。

近代化の代名詞でもある自動車に、ふたりとも着物で乗っている。
ほづみ屋で働くようになって目が慣れたせいか、違和感は覚えなかった。

司さんの今日の着物は…間違いない、亀甲紋の大島紬に、羅の帯だ。
だんだん種類や、物の良し悪しも分かるようになってきた。
着ているひとも含めて、すべてが最上級だと自信をもって言える。
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