よあけまえのキミへ
「膳をお下げします」
雨京さんと入れ代わりに、頭を下げてやえさんが部屋へと入ってきた。
そして釈然としない表情で顔を見合わせる私とゆきちゃんの横を通りぬけ、三人ぶんの朝餉の膳を抱えて、そのまま風のようにその場を去って行った。
「殿はみこちんやかすみさんのこと大事に思っとるからこそ、こないに束縛するんやろねぇ」
膝をかかえて顔を伏せ、へそをまげる私の肩を優しく叩いて、ゆきちゃんがなぐさめの言葉をくれる。
「分かってるよ。でもね、かすみさん、いずみ屋のこと何より大切に思ってて……きっと、今すごく後悔してるよ。お店を守れなかったことや、たくさんの人に迷惑をかけたこと。私だってそうだもん。だから、無事で戻ってきたとして、そのまま何事もなかったみたいに、全部忘れるために、どこかに嫁いでいくなんてきっと嫌だと思う。もう一度、自分の力で何か始めたいって思うんじゃないかなって……」
半分は、私の望みでもある。
もしいずみ屋の再建が叶わなくても、これからのことはかすみさん自身に決めてほしいんだ。
そして私の身の振り方も、私自身が考えて自分で決める。
それが一番いいに決まってるんだ。
「せやねぇ……けど、殿の言うてることも分からんでもないからなぁ。かすみさんが戻ってこんと、うちらにはどうにもできんね。兄妹で腹割って話すことや」
「うん……そうだね」
どちらにしろ、こんなところで、うだうだと悩んでいても何一つ解決しないことだ。
「みこちん! 元気だそやぁ!! うち、今日も診療所に顔出しに行かなあかんから、帰りに何かおいしいもんでも買うてきたるわ」
沈んだ顔でため息をつく私の頬をぺちぺちと叩いて、ゆきちゃんが明るい声で元気づけてくれる。
「あ、うん。ごめんね、わざわざここから通わせちゃって……」
診療所はむた兄と二人でやってるそうだから、きっと忙しいんだろうな。
それなのに朝夕と私のそばについていてくれて、ゆきちゃんには本当に感謝してもし足りない。
「ええって! みこちん大変な時やし、心配やからそばにおるよ。うちら一番の友達やんか!」
「ゆきちゃん……ありがとう」
「うん! さ、出かける前に傷口消毒しよか」
ゆきちゃんは慣れた手つきで、てきぱきと傷の手当てを始める。
血が固まって、かさぶたにおおわれた傷痕はもう消毒をされてもほとんど痛まない。
「ほい、終わり! 順調に治ってるで。傷口、痒うなる時があるかもしれへんけど、あんましガリガリ掻いたらアカンよ! 血ィ、ドッバーいくことあるからな!」
「うん、気をつけるね。ありがとう」
ゆきちゃんに笑顔を向け、私は脱いだ着物を羽織る。
傷口はさらしで何重にも巻かれているから、万が一掻いてしまっても、かさぶたを破るようなことにはならないと思うけど。
「みこちん、最近よう難しい顔してるで! あんまし考えすぎんようにね」
薬箱の中を整理して立ち上がると、ゆきちゃんは心配そうに眉を寄せて、私の額を指でつついた。
「平気平気! ごめんね、心配かけて。それじゃ、ゆきちゃん! 気をつけて行ってらっしゃい」
「行ってきます! せや、暇ならそこの御伽の本読んでみ。『馬鹿力くそ太郎』めっちゃおもろかったで~」
ゆきちゃんはそう言って明るく笑って、こちらに手を振りながら屋敷へとのびる廊下を小走りで渡っていく。
自由に屋敷を出入りできるのは、正直うらやましいな。
もともと私はじっとしているのが苦手だ。
釣竿を持って外を走り回っているのが性に合ってる。
(外に出たいなぁ……)
ここに来てからずっと思っていたことだ。
私には大店のお嬢さんのような、しとやかな生活は務まらない。
さっきの縁談の話も、自分にはまだ早い気がしてまるで実感がわかないし……。
雨京さんが期待するような女の子には、どう猫をかぶってもなれそうにない。
こんな私が、このまま神楽木家のお世話になっていてもいいのかな。
……どうして雨京さんは、私なんかのことをこんなに気にかけてくれるんだろう。