よあけまえのキミへ

 釣り道具をたずさえて鼻唄まじりの私は、通い慣れた高瀬川沿いの道筋をはずれ、寺町通りの写場の前まで来ていた。

 ――道すがら、場所をたずねること三回。
『写場』と告げるだけでどの人もすんなりと目的地を理解し、丁寧に道案内をしてくれた。
 私が知らなかっただけで、どうやらこの界隈では有名なお店のようだ。


 目の前の建物を見上げて、おおーっと小さく感嘆。
 しっかりとした造りの二階建てで、光を反射するキラキラとした屋根が目を引く。
 看板には堂々と立派な文字で何やら書いてある……難しい字で、読めないのが残念だ。

 ……よし、中に入ってみよう。


「おっ! おーーっ! いらっしゃいっ!!」

 店内へと一歩ふみ込んだ瞬間――あまりにも甲高く響きわたる歓迎の声に、私はびくりと肩を震わせた。

「あ、あの……こんにちは」

 出迎えてくれた店の人に、小さく頭を下げる。
 派手な着物を着くずして一見だらしない風体の男の人。

 ひょろりと細身の背格好で荒く髪を逆立て、腕まくりをして露出させた肌には小さいながらも凝った模様の彫り物が見える。
 カブキ者のような雰囲気だ。
 なんとなく話しかけづらいけれど、よく見るとまだ若い。

 見るかぎり店にはこの人しかいないようだ。

「いやぁ、久しぶりだよ女子のお客さんは! いいねぇいいねぇ……釣りをする少女! 絵になるねぇ!」

 店の人は観察するように私を見回しながら、周囲をぐるぐると歩き回る。

「おっ、よく見たら釣り竿壊れてるじゃないよぉ! ダメダメこれじゃ。よし、こっちに持ちかえて……おおぅ! いいねぇーー!!」

 壊れた釣り竿が汚れ一つない立派な竿と交換されたかと思うと、それを持ってぽかんと立ちつくす私を見て両手を大きく叩きうんうんとうなずく店の人。

 ……いけない、この人はもうすでに商売に入っている。

「あのですね、今日はちょっとお話を聞きに来ただけなんです……すみません」

「ふぁぁん!?」

 私の言葉に、ご機嫌だったお兄さんは変な声をあげながら露骨に顔をしかめる。

「今はちょっと手持ちがなくて……私もほとがら欲しいんですけど」

「そっかぁ……残念だなぁ。いい画がとれると思うんだけどねぇ、キミ可愛いし。んで、いくら持ってんの? ちょっとならまけとくよ」

 一旦がくりと肩を落としながらも、なお営業の姿勢をくずさず媚びた視線を送ってくるお兄さんに、壊滅寸前の財政にあえぐ我が銭入れの中をご覧いただくことにする。

「全財産はこんな感じです」

「……おおう」

 お兄さんは銭入れをのぞき込むなり、目潰しをくらったようにてのひらで両目を覆い、体をのけ反らせて嘆く。
 いちいち面白い反応をする人だなぁ。

「ちなみに、一枚おいくらくらいするのか聞いてもいいですか?」

 店内に値段を示すお品書きのようなものがないかときょろきょろ見回してみるけれど、それは見当たらない。
 物が多くごちゃごちゃしているようで、備品のすべてが綺麗に端に揃えて置かれていて、この部屋の見栄えはすごく良い。
 新品の釣り竿がどこからともなくポンと用意される場所だ。
 おそらくもっといろんな小道具も揃えてあるんだろう。

「一人写しで一分ちょいくらいは貰ってるねぇ。二人写しは倍、三人写しは三倍ってな具合さ。個人的に、女の子はもっと安く撮ってあげたいんだけどさー」

「一分! そのくらいなら私にも用意できるかもしれません……! コツコツ貯めて、いつか撮りに来ます!」

 手持ちでは到底足りないけれど、思っていたほど高くはない。
 これくらいの値段なら、試しに一枚撮ってもらおうと考える人も少なくないはずだ。

「もうちょい待ってくれたら、どんどん値下げできると思うんだけどねぇ……器械とか良いのが出てきてるからさ!」

「へぇ~! そういえば、ほとがらを撮る道具ってどんなのなんですか? 箱みたいになってるって聞いたんですけど……」

「そーそー、箱だよ! 箱の中に光を取り入れて、覗いた先にあるものを写し取れるようになってんのさ」

「すごいですっ! どれがその箱ですか!? 見せてもらってもいいですかっ!?」

 興奮して周囲を見回す私を、お兄さんは苦笑しながらゆるく制止する。

「いやぁ、器材は二階でね……仕事以外では人を入れない事になってるから、ホイホイ見せたりはできないねぇ。ごめんよ」

「そうですか……商売道具ですもんね、無理言っちゃってすみません」

「いや、興味持ってもらえる事自体は嬉しいのよ。話だけならいくらでも聞いとくれ!」

 かすかな沈黙により二人の間で気まずく停滞しそうになった空気を、お兄さんは自然な笑顔でさらりと流してくれる。
 いかつい外見に反して、すごくいい人だ。

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