よあけまえのキミへ
「また来ます! ありがとうございました!」
店を出てすぐのところまで見送りに出てきてくれた写場のお兄さんに、笑顔で頭を下げる。
あのあとお茶をご馳走になり、更に折れた竿を新品の竿に交換してもらったりと、身にあまるおもてなしを受けた。
お兄さんいわく『女の子には特別待遇』なのだそうだ。
「またいつでも遊びに来なよ。最近ちょいと暇だったりするし、話だけでも大歓迎さ」
「はい! またお話聞かせてください!……あ、そういえば」
「ん? 何だい?」
私は顔を上げて視界に広く建物をおさめ、一点を指差す。
その先にあるのは、堂々とした筆づかいで屋号らしき文字が入った看板だ。
「あれって、何て書いてあるのかなぁって」
「ああ、これ。『西洋伝方写真処』さ。異国から伝わった写真のお店ですよって意味ね」
誇らしげに看板をさすりながら、お兄さんは気取った口調で口角を上げる。
「わぁ、素敵ですっ! ちなみにシャシンって何ですか?」
つい先ほど、店内で会話していた時にも一度出てきた言葉だ。
「写真は、ほとがらのことさ。ほとがらってのは元は異国の言葉でね。ほとぐらふとか言うんだけど……それをこの国の言葉に直して、写真って呼んでるわけ」
ほとぐらふ、か。
なるほど……それでかすみさんは、ほとからひーとか言ってたんだ。
異国の言葉はなじみがないから、どうしても正確に覚えにくい。
「へぇ……それじゃ、看板にならって私もこれからは写真って呼びますね!」
「うんうん、そうしてよ。美湖ちゃんの写真を撮れる日をお兄さん楽しみにしてるよ!」
「必ず撮りに来ますね! あと、釣竿もありがとうございました……! 本当に助かりますっ!」
「店の奥の方でホコリかぶってたやつだからねぇ、使ってもらえた方がいいよ。これから釣るんだろ? 頑張ってな!」
「はいっ! 頑張ります! 落とし主さんに写真をお返しできたらまたご報告に来ますね!」
お兄さんに別れを告げ、元来た道を跳ねるように駆けて行く。
いつの間にか鼻唄混じりでご機嫌だ。
写場は思ったよりも近い位置にあるし、通おうと思えば毎日でも通えそうだ。
それに、拾った写真の情報もいくつか得た。
撮った場所、落とした場所を考えると、橋本さん達がこの近くに住んでいる可能性は高い。
普通に生活しているだけでも、いつか道の上ですれ違う事があるかもしれない。