よあけまえのキミへ

「ごめんなさい。昨日そこの橋の近くで拾ったんですが、落とし主さんに直接返したいと思ってて……」

「おお、そっか……とりあえず、拾ってくれた礼は言っとくぜ。ありがとよ! んじゃ、持ち主んとこに返してくれや」

 ぐっと写真を引っ張り、私の手から引き取ろうとする彼を片手で制止し、言葉を返す。

「待ってください。あの、お兄さんは本当に落とし主さんですか?……写真には写ってないですよね?」

「はあぁぁぁぁん!?」

「いえ、ほら……誰にも似てないじゃないですか」

 写真には、こんなに怖い人は写っていないのだ。
 疑うなと言われても無理がある。

「写ってんだろーがっ! よく見やがれコラ! 右端がオレだよ!! 目ん玉かっぽじってよく見やがれ!!」

「かっぽじるのは普通耳の穴ですよね」

「んなこたどーーっでもいいんだよッッ!! オラ、これがオレだよ! 見りゃ分かんだろーが!!」

 写真の右――例の、目が死んでいる人物を指して浪士さんは物凄い剣幕でオレだオレだと主張している。

 ……けれど、私には詐欺にしか見えない。

「あなたとこの人は、顔つきが全然違う気がするんですよ……なんというか、あなたの方がすごく元気で強そうな感じがするんです」

「強そう……? そっか?」

 (あ、ちょっと嬉しそう)

 浪士さんが少しだけ表情をゆるめるのを見逃さなかった私は、続けざまにいくつか『浪士さんと写真の人物の似ていない点』を挙げてみせる。
 もちろん、目の前の相手を立てる方向で話をすすめ、出来る限り不快な思いをさせないよう配慮する。

「もし同一人物だったら、私ちょっと信じられないです。そのくらい、別人みたいな差がありますから」

「……マジで、そう思うか?」

 反論することもなく静かに私の力説を聞き終えた彼は、ふぅと長いため息をつくと、いかつい顔をギロリとこちらに向けて一言、刺すような口調で問うた。

「失礼かもしれませんけど……そう思います」

 もし本当にご本人だったなら、こんなに無礼なことはない。
 殴られてもおかしくはない。

 ――それでも、私は嘘はつきたくない。
 相手の目を正面から見据え、断言しながら頷いてみせた。


「……だよな……」

「へっ?」

「……だよなぁっ!? やっぱそうだよなぁっ!?」

「……えええっ!?」

 急にギラギラと目を輝かせ、再び私の肩を強く掴んだ浪士さんは、物凄い勢いでがくがくと私を揺さぶりながら叫ぶ。

「オレずっと気にしてたんだよ! ほとがら撮るといっつもこうでよぉ! なんか魂抜かれちまったみてぇに腑抜けた顔になっちまって……! こんなんオレじゃねぇ! なんでこうなっちまうんだって内心ガッカリしててよおぉぉぉ!!」

『それでな、それでな! 聞いてくれよ!』と、まるで溜まっていた鬱憤を一気に吐き出すかのように話は止まらない。
 このままでは頭を揺さぶられすぎて意識が飛びそうだと危機を感じた私は、ふらつきながらも、どうどうと相手をなだめる。

「ええっと、あの……落ち着いてください!」

「オレ、こんな覇気のねぇ顔してねぇだろ? な、どうよ? ほとがらと比べて……」

 私の両肩からようやく手を離した浪士さんは、写真の右端を憎らしそうに指差しながら、口を尖らせてこちらを見る。

「なんというかその、写真よりずっと元気そうで……生き生きしてるというか」

 元気すぎて怖いくらいだけど……。
 でも、私の言葉を聞いてうんうんと満足そうにうなずいている浪士さんを見ていたら、なんだか無性に可笑しくて自然に頬がゆるんでしまう。

 彼の言う通り本当に、写真の中の人と同一人物なのかもしれないと、そんな思いが湧いてくる。

「……いや、なんかちょっと嬉しいぜ。今までほとがらに写った自分がどうにも気に入らなくてよ。けど、誰に聞いても『こんなもんだろう』なんて返されちまってな……」

「それは、落ち込んじゃいますね。こんなに違うのに」

「だよなぁ。やっぱ違うんだよ! なんかオレ、ほとがら向いてねぇんだよ!」

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