よあけまえのキミへ
いつの間にか二人して堀の上に腰掛け、足をぷらぷらさせながらまったりと会話している。
……何か、いつの間にか馴染んじゃったな。
当初抱いていた怖い印象は、もうすっかり薄れてしまっている。不思議なものだ。
「写真の写り方にも向き不向きがあるとは、初耳です」
「いや、あるね。間違いなくある! 中岡さんなんてほとんど見たまんまに撮れてるもんなぁ……」
そう言って浪士さんが視線を落とす先は――写真の中心にいる人物。
「なかおかさん……?」
「うおっ! やべっ……」
きょとんとする私を見て、しまったという顔をしながら浪士さんは両手で自分の口をふさぐ。
「この、真ん中の人の名前ですか!? 中岡さんって言うんですね……!」
「うああ、口がすべった……」
「別に、いいじゃないですかお名前くらい。左の方が橋本さんで、真ん中が中岡さんで……と」
今のところ何の情報も得ていない真ん中のお方の名前がついに判明……!
私は嬉しさのあまりぐっと拳を握った。
「おいコラ、なんでハシさんのこと知ってんだよ」
「え……? 橋本さんですか? 橋本さんは私がお世話になってるいずみ屋のお客さんだそうで、店主のかすみさんから教えてもらったんです!」
困惑している様子の彼に、昨夜のかすみさんとの会話の流れをかいつまんで話す。
ふぅんと、まだ少し釈然としない表情で腕を組み、こちらをじっと見つめてくる。
「まぁ、いいや。そんで、そのほとがらなんだが……」
――ぼっしゃあぁぁ!!
浪士さんの言葉を遮るように、竿のはるか先――釣糸が沈む水面から大きな水音が上がる。
ぐいぐいと、ゆるめていた手のひらに伝わる強い引き。
「わっ! 魚っ……!!」
釣りをしていたことなんてすっかり忘れていた。
会話を中断して、竿を握りしめ私は立ち上がる。
「何だよ、話の途中だぜ!? 早く釣り上げちまえっ!」
「はいっ! ちょっとだけ待っててくださいっ……!!」
不満をもらしながらも立ち上がって釣り桶を構え、手助けしてくれる様子の浪士さんを一瞥し、暴れ回る魚を引き上げるべく慎重に竿を動かす。
――この機会を逃すわけにはいかないっ! 絶対に釣り上げるっ!!
水面下でのじりじりとした攻防の末にいくらか力をなくした魚を、私は一気に引き上げる。
跳ね上がった水しぶきは玉のように空中で弾け、弧を描く糸の流れに沿って釣り上げられた獲物が踊る。
「おっしゃ! いいじゃねぇか。でけぇし、活きもいい!」
浪士さんはすかさず釣糸の先を掴み、そっと魚を桶の中へと落とす。
「あ、ありがとうございます……!」
釣り桶の中でぴちぴちと威勢よく跳ねる魚を掴み、丁寧に針をはずす浪士さんを見ながら、やたらとサマになっている一連の動作に感心して頭を下げる。
(そっか、こんな風にやるんだ……)
昨日、竿先を折って無惨に獲物を逃してしまったことを思い出す。
こうして、魚がかかったらすぐに手元に引き寄せてがっちりと捕まえなきゃいけないんだな。
そういえば酢屋のお兄さんも、そのあたりの手際はすごく良かったように思う。
「嬉しいです。初めて釣れましたっ……!」
桶の中で窮屈そうに身を丸めて泳ぐ魚たちを覗き込みながら、達成感に涙ぐむ。
「初めて? 二匹釣れてんじゃねぇか」
私の喜びようを大げさだと軽く笑い飛ばしながら、浪士さんは首を傾げてこちらを見る。
「もう一匹は、私が釣ったんじゃないんです。知り合いが見本に釣り上げてくれたもので……」
「ふーん……そっか。んじゃあ、マジで初めてかよ。そいつはおめでとさん!」
「はいっ! お兄さんが最後手伝ってくれたおかげです! ありがとうございました!!」