よあけまえのキミへ
私は、幾度かこちらを振り返りながら申し訳なさそうに去りゆくツケのお兄さんを追いかけ、店を出たところでそっと声をかけた。
「お兄さん、さっきは仲裁に入ってくださって、ありがとうございました……!」
「いや、ごめんな、みこちゃん……迷惑かけちまって」
「いえ……」
こちらに顔を向けた浪士さんの表情は闇にまぎれてよく見えないけれど、声色はとても暗く沈んでいる。
この人は、誰かを気にかけることができる優しい人だ。
決して悪い人ではないと思う。
「おい、深門(みかど)ぉ! 何やってんだ! 早く来い!!」
「ああ、悪い……! みこちゃん、それじゃあな。かすみちゃんにも謝っといてくれ。本当にすまなかった!」
仲間からの呼び声にあわてて返事をすると、深門と呼ばれたツケのお兄さんはこちらに向かって大きく頭を下げ、先を歩く四人の背中を追いかけて闇の中へと姿を消した。
(どうなってるんだろう、一体……)
昼間、妙に羽振りのいい浪士さん達を見て、何かひっかかるものを感じた。
そして、先ほどの言い争いを思い返せば、彼らが何か大変な――人からとがめられ、追い立てられるような……よくない行為を働いたであろうことは想像にかたくない。
(あの時払ってもらったツケは……)
疑わしいことや腑に落ちないことばかりで自然とため息がもれる。
これまでよほど気を張っていたのだろう、右手には釣り桶をぶら下げたままだ。
「ほな、おかみさん……また来ますわ」
店の軒先から、のっそりとどこか疲れたような声が聞こえてくる。
視線を向けると、小さく頭を下げてこちらへゆっくりと歩いてくる商人さんの姿が目に入った。
店の端っこで身を縮めていたお客さんだ。
「ごめんなさい、お店騒がしくて居ごこち悪かったですよね……!」
あわてて駆けより、私は何度も頭を下げる。
「いや、災難でしたなぁ。今日みたいな事は、ようあるんですか?」
商人さんの表情に不満気な様子は一切なく、むしろこちらをねぎらうような優しい口調で私の肩をポンと叩いてくれる。
「あ……はい。たまにあるんです、最近は浪士さんが多くて……」
「ふむ。こんな時勢やし、店やっとるといろいろありますわな……菓子、うまかったですよ。また食いに来ますわ」
肩を落とす私を勇気づけるように、さっぱりとした口調で別れの挨拶を述べると、商人さんは軽く頭を下げて落ち着いた足取りで帰路につく。
その背中が暗い路地のむこうへと消えていくのを見送って、私は大きくため息をついた。