よあけまえのキミへ
本当に、無関係のお客さんには申しわけなかったな。
お客さん同士の喧嘩やいさかいはたまにあるけれど、さっきのように顔も上げられないほど空気が張りつめることは少ない。
浪士という存在の怖いところは、刀を持っていることだ。
町人同士の喧嘩はせいぜい殴りあいで終わるけれど、浪士同士の喧嘩となれば、それはもう殺し合いだ。
互いに刀を抜くのだから。
昼間、彼らを見て感じた違和感は正しかった。
やっぱりあの浪士三人組には何か秘密がある……。
立ち止まってあれこれ考えていると、脇からポンと肩を叩かれた。
「美湖ちゃん、大丈夫やった? なんや、揉めよったみたいやけど……」
「あ、あさひ屋さん!」
声のほうへと目をやれば、向かいにある宿屋のおかみさんが立っている。
彼女は恐る恐るといった様子であたりを見回し、浪士の影がないことを確認すると、ほっと胸に手をあてて盛大に安堵の息を吐いた。
「すみません、なんだか突然言い争いがはじまったみたいで……ご迷惑をおかけしました」
いつもならこの時分、あさひ屋さんは表に出てお客さんの呼び込みを行っているはずだ。
今まで奥に引っ込んでいたということは、いずみ屋の騒ぎが商売に障ったということだろう。
となればもう、平謝りするしかない。
よくよく見てみれば、付近は静まり返って人通りもない。
普段であれば、仕事帰りの商人さんや旅の人の姿がちらほらと見える時間帯なのに。
……店の前を通る人たちを怖がらせちゃったかな。
さすがに、考える。
浪士の出入りを制限したほうがいいんじゃないか――。