よあけまえのキミへ
「かすみさん、今日は大変だったね。のれん外すから、店じまいにしようね」
店の端――壁ぎわにそっと寄りかかり、四方を彩る華やかな肉筆画をぼうっと見つめているかすみさんに声をかける。
「……美湖ちゃん」
「ん? なに?」
かすみさんの声は思いのほか強く力のこもったもので、てっきり疲れ果てて脱力しているものだとばかり思っていた私は、軽く驚きながら返事をする。
「やっぱり私、このままじゃだめだね。お店を守れる気がしない」
「えっ……」
戸締まりをする手が、止まる。
かすみさんの方を振り返ると、店の中央あたりに立ち、感慨深そうにぐるりと店内を見回す姿が目に入る。
「お父様が大切にしていたこの店を、細々とでも続けていけたらと思ってたんだけど……今の私じゃ力不足みたい」
「ちょっと待ってかすみさん! たまたま今日はこんなことになっちゃったけど、大丈夫だよ! 浪士さん同士の喧嘩が心配なら、出入りをお断りさせてもらうとかすればいいじゃない……!」
弱気な言葉を吐き出し続けるかすみさんの表情は、その発言とは裏腹に、強い意思を宿している。
それが逆に、私を不安にさせる。
「お客さんをこちらで選ぶこと――できるのはできるよ。私が店主だもの。でも、疑い出したらキリがないよね。何をもってよくないお客さんだと判断すればいいの? もう、はじめから見た目だけで浪士さんを突っぱねてしまうのが正解? そんなやり方でいいの?」
「それは……」
そうすべきだ、と断言しようとして、言葉につまった。
あさひ屋さんや谷口屋さんと約束した手前、私はかすみさんにそれなりの妥協案を示してみせるべきなんだろうけど……。
浪士であるというだけで、無条件に突っぱねるというやり方で、本当にいいのだろうか。
もしそうなったら、田中さんや橋本さんをお店に呼ぶこともできなくなってしまう――。
うつむく私を見下ろして、かすみさんはふたたび口をひらいた。
「でも、このままでいるわけにもいかない。もともと浪士さんそのものを良くないと思っている人は多いからね……付近を通る浪士さんが増えてきたっていうだけで、ご近所さんは不安みたいだし」
「うん、そうだね」
ついさっき、ご近所さんの生の声を聞いたばかりだ。
ここで何の対処もしないわけにはいかない。