よあけまえのキミへ
二人並んで、二段重ねの重箱に炊きたてのご飯と鰻の蒲焼きをよそう。
お店で出すにはちょっとだけ蒲焼きの量が足りないけれど、夕餉として出すならたいそうなご馳走だと思う。
「そういえば、二人前しかないけど大丈夫かしら? お店の人の分も何か用意した方がいいかな?」
「それは気にしなくていいんじゃないかなぁ。よくお客さんを招き入れてるみたいだったから、お兄さん目当てで酢屋に来る人も珍しくはないはずだよ」
いつ会っても『これから客が来る』『人に会いに出かける』と何かしら忙しそうに約束に追われていたお兄さんの姿を思い出す。
毎日のように、誰かと待ち合わせをしているみたいだったな。
話も上手で明るく人好きのする雰囲気だから、さぞかし顔が広いんだろう。
「でもせっかくだから、いくつかお菓子も包んでいこうか。明日からはお店を開けることもないし……」
「うんっ!」
他店舗から仕入れたものから、かすみさんの手作りのものまで、いずみ屋には豊富な種類の京菓子がそろえられている。
甘いもの好きで、なおかつ元来収集癖のあるかすみさんは、方々から珍しいお菓子を探して来ては、うきうきとお店の品書きに加えていた。
――少し、もったいないなぁ
ひとつひとつに可愛らしく細やかな細工がほどこされた菓子たち。
彩りも美しく、いくつか並べてお客さんに出せば、皆一様に目を細めて喜んでくれたのを思い出す。
……明日からは、そんな日常ともしばしのお別れになる。
そう考えるとやっぱり少し寂しく、じわりじわりとお店を閉めるという実感が強くなってくる。
あまり日持ちしない生菓子を中心に慣れた手つきでそれらを包むと、かすみさんはにこりとこちらに笑顔を向けて口をひらく。
「さ、行こうか。美湖ちゃん」
「うんっ! あ、鰻重は私が抱えていくね!」
風呂敷に包まれた重箱を持ち上げて懐に抱えこむ。
感傷に浸っていても仕方がない。
こんな気持ちは、酢屋のお兄さんの明るい笑顔が吹き飛ばしてくれるはずだ――。