よあけまえのキミへ
 いつの間にか藍色に染まった空を見上げながら、ざぶざぶと川面を蹴って帰路につく。
 落ちついて周囲を見わたせば、仕事終わりの商人さんや旅の人がにぎやかに行き交い、宿場町ならではの活気に満ちた夕景が広がっていた。
 中には濡れねずみ状態の私を見て目を丸くする人や、指をさして笑う人の姿も。
 どうもお疲れさまですと、すかさず自然な笑顔を作り手を振る。
 私は正常です。ちょっと元気がありあまっているだけです。そんな目で見ないで……!

 ふぅと一息ついて正面を見据えると、投げ捨ててきた竿が水路の縁にぷかぷかと浮いているのが見える。
 あれを拾ってから岸に上がろう。


「……ん?」

 竿は、末端を橋の下に引っかけるようにしてその場に留まっている。
 私が目を留めたのは、そのとなり。
 水草の陰に隠れるようにその身をただよわせる一枚の紙切れ。

 ……なんだろう、これ。



 そっと水面から引きはがすように持ち上げてみる。
 水を吸っているとしたらすぐに破けてしまうはずなので、慎重に。
 若干くたりとはしているものの、思いのほか厚手の紙で丈夫そうだ。
 何か書かれているかな?
 裏面をめくって確認してみる。

「……なに……これ?」

 三人の男の人が、紙の中に立っている。
 おそらく、絵だ。
 まるで本物の人間がそのまま紙の中に収まっているような……恐ろしく精巧で魂のこもった絵。
 くすんだような黒と灰の濃淡で描き出されたシブい仕上がりだ。

 絵師だった父の仕事柄、人より多くの絵を見て育ってきた自信があるけれど、こんなにも繊細で正確な筆致のものは見たことがない。
 どこの絵師の作だろう……というより、これは本当に絵なのかな?
 いや、紙の上に生み出されたものである以上それ以外に考えられないけれど。

 すごい。これはすごい!!

 興奮で肩を震わせながら、拾った絵を懐にしまいこむ。
 忘れかけていた竿も回収し、そのまま足早に川岸へと駆け上がる。
 釣果は散々だったけど、思わぬ拾い物をしてしまった。
 早く帰ってかすみさんに見せなきゃ!

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