よあけまえのキミへ
ザッザッ……ザッ……
ともすれば聞きのがしそうなほどにか細い足音が、間近で聞こえる。
あわてて真下に目を向けると、一人の男の人が、こちらに背を向けるようにじりじりといずみ屋横の小路へと後退してくる姿が見えた。
さっきから聞こえていた、足音の主のようだ。
暗くてよく見えないけれど、丈の長い外套に身を包み、その襟元に顔を伏せるようにして荒く肩で息をしている――……
(……ん?)
丈の長い外套?
そう言えば私は、似たような格好をした人を最近見たはずだ。
――そう……思い出した!
あの写真の……!!
どくんと大きく体の中心が脈打ち、じわりと額に汗がにじむ。
震える手で懐から例の写真を取りだして、目をこらす。
中央に写るその人物。
今、自分の真下にいるこの人と、出で立ちがそっくりだ。
うしろ姿でよく確認はできないけれど、短髪で外套を羽織っているところは一致している。
田中さんから聞いた名前はたしか……中岡さん!
――もし本人なら、助けなきゃ……!!
私ははやる気持ちをおさえ、ぎゅっと写真を握りしめるように懐に抱きながら階段を降りて、勝手口へと急ぐ。
勝手口を開ければ、さっきあの人が逃げ込んだ小路につながっている。
カタン……
できるだけ音を立てないよう、静かに木戸を引いて隙間を開ける。
するりとそこを抜け出して小路に出ると、その人は向かいの壁に体をあずけて呼吸を整えているところだった。
「……!」
思い切り目が合った。
相手はふいをつかれて動揺したのか、鋭い目を見開いて二歩、三歩と後退する。
陰が落ち真っ暗だった軒下から脱け出し、月の光にぼんやりと照らされた男の人の顔を見て、私は確信する。
「……中岡さん、ですよね?」
写真の顔によく似ている。
着物も、特に目を引くまっくろな外套も、ほとんどそのままだ。
「……」
私の第一声に、中岡さんはますます表情を硬くする。
もはや面食らって沈黙している状態を通り越し、殺意すら感じる冷たい眼差しで、こちらを見つめている。