よあけまえのキミへ
これは、まずい。
こんな状況で知らない人から名前を呼ばれたら、誰だって警戒するはずだよ……!
何者だってびっくりさせちゃうのは当たり前だ!
混乱して一人あたふたしている私を、中岡さんは怪訝そうな目でじっと眺めている。
「あの……私、田中さんのお友達でして、それで中岡さんのこと知ってて……」
嘘だけど! 友達ではないけど……!
それでも田中さんの名を出せば少しは警戒を解いてくれるんじゃないかと淡い期待を抱きながら、あくまで小声で語りかける。
「……」
中岡さんは、頑として無言をつらぬく姿勢だ。表情ひとつ変えない。
――そんな張りつめた空気を裂くように、すぐ近くから先ほどの男たちの足音とひそひそとした話し声が聞こえてくる。
「お前はそっちの小路を曲がれ! 俺は真っ直ぐ行く!」
「了解!」
彼らはもう、すぐそこまで来ている。
足音からして、いずみ屋の手前あたりにはいるだろう。
さきほど聞こえた指示通り、小路を曲がれば私たちのいる場所にたどり着く。
ザッ――……
きびすを返して走り去ろうとする中岡さんの袖をつかまえて、ひっぱる。
「……中へどうぞ」
目の前のいずみ屋勝手口へと目くばせしながら、できるかぎり足音を消して店内へと誘う。
振り向いた中岡さんと、視線がぶつかった。
『考えている暇はない』とばかりに一瞬苦々しく眉間に皺を寄せると、中岡さんは私に袖を引かれるままいずみ屋の中へとすべり込む。
それと同時に、私はそっと戸を引いた。