よあけまえのキミへ
――ザザザザッッ
「こっちにはいないな……」
「このあたりで足音がしたと思ったんだがなぁ」
「逃げ足の早い奴だからな、もうちょい先までくまなく探すぞ!」
あわただしく走り去る足音と、忌々しげに交わされる言葉たちが目の前を通りすぎると、安堵から膝がくずれ落ちた。
どくんどくんと、壊れそうなほどに高まった鼓動は、しばらくおさまりそうにない。
「……助かった、礼を言う」
静寂が戻り、いくらか場の緊張がゆるんでくると、意外にも中岡さんが先に口をひらいた。
「いえ、あの……突然飛び出してすみませんでした。びっくりしましたよね」
「いや、驚いたがおかげで助かった」
戸口を押さえるように屈みこんでいる私からある程度距離をおき、箒や籠や瓶や、あれこれごちゃごちゃと積み重ねて置いてある壁ぎわに背をあずけるように、中岡さんは立っている。
まだ完全には警戒を解いていないようだ。
「ところで、ケンと知り合いという話は本当か?」
ふぅと一息ついて腕を組み、質問を投げ掛けてくる中岡さんに対して、わたしは一瞬首をかしげた。
「ケンさんって、どなたですか?」
「……お前から名を出したはずだがな。田中の友だと」
私のうかつな返答を受けて、中岡さんの声色がみるみる冷めていく。
「あの、田中さんのことは田中さんとしか聞いてなくてですね……! 下のお名前はなんていうか知らなくて。田中ケンさんですね! 覚えました!」
「……まずは、どこで知り合ったか聞かせてもらおう」
「あ、はい……!」
怪訝そうなまなざしでこちらをにらむ中岡さんに促され、すべてをありのままに伝える。
川で写真を拾ったこと、持ち主を探していたこと、今日田中さんに会ったこと――。