よあけまえのキミへ
――あれからどのくらい経っただろう。
中岡さんを部屋の中に案内して、書くものをそろえて、お湯を沸かして……今ちょうど熱いお茶を湯飲みに注いでいるところだ。
「お茶が入りました。よかったらお菓子もどうぞ」
何やらせっせと文のようなものをしたためている中岡さんの背後から声をかける。
「ああ、ありがとう……よし、こんなものだろう」
私がそばに腰をおろしたのとほとんど同時に、中岡さんは筆を置いて書き上がった文を読み返し始めた。
「書けました?」
「ああ。これを明日、ケンに渡してくれ」
小さく幾重にも紙を折り畳むと、それを懐から取り出した御守りの中につめ込み、こちらに手渡す。
御守りはよほど使い古されたもののようで、ところどころ色あせてほつれかけた布でおおわれており、紅く長い飾り紐のようなもので口を縛ってある。
「このお守りごと、ですか?」
「そうだ、持ち運びやすいだろう。なくさないように首からさげておけ」
「はい!」
言われるままにお守りをそっと首にかける。
身につけると何となく、気が引き締まる。ご利益ありそう……!
「あと何か田中さんたちに伝えておくことはありますか? 今夜のこと、一応私からも話しておきましょうか……?」
「いや、そのあたりのことも文に書いておいた。読めば分かるだろう」
湯飲みを傾けてちびちびとお茶を流し込みながら、中岡さんは大福を手にとって一口頬張る。
「そうですかぁ。それじゃ、何か聞かれたら答えておきますね」
「ああ。そうしてくれ……うまいな、この大福は」
何気なく二口、三口とかじりついて咀嚼したあと、中岡さんは残りあとひとくちほどになった大福をまじまじと見つめて感心したように声をあげる。
「いずみ屋自慢の大福です! 女将のかすみさんが作ったんですよ! おはぎもおいしいので、是非っ!」
誉められたことが嬉しくて、あれこれと菓子を並べたお皿を中岡さんの膝元まで持っていく。
「……女将もここに住んでいるのか?」
「はい、今は二階に。早寝早起きだから、たぶんもう眠ってます」
「そうか……騒がせて申し訳なかったな。あまり長居をするのも良くない、そろそろここを出よう」
中岡さんは、先ほど私が差し出したお皿を一瞥して申し訳なさそうに小さく笑うと、ぐいっとお茶を飲み干して立ち上がる。
「かすみさんは一旦眠ると朝まで起きませんから、大丈夫ですよ……! それにその、うしろめたいことは何もないし、堂々としててください」
「ああ、しかし今夜はもう遅い。また後日、客としてここに来よう」
中岡さんはそう言うと、迷いなく帰り支度をはじめる。
土間に向かって足を下ろし、手早く草履を履き――ついさっきまで座ってくつろいでいたというのに、こんなにもあっという間に戸口まで見送りに行くことになるなんて思いもよらず、私はあたふたとお土産用に菓子を包みながら中岡さんに声をかける。
「あのっ! お店、わけあってしばらく閉めることになってるので、一見留守に見えるかもしれないんですが、私やかすみさんは中にいるので、その……訪ねてきてくださった時は声をかけてくださいね」
今にも戸を開けて外へ飛び出して行きそうな中岡さんの外套の袖をつかみ、早口でまくし立てる。