よあけまえのキミへ
 木屋町周辺は宿や茶屋が多く、往来する人々の活気にあふれた賑やかな通りになっている。
 私の住まいがあるのは、そんな町の一角。

 料理茶屋『いずみ屋』
 もとは高級料理屋の支店として使われていた二階建ての立派な店構え。
 一階部分が茶屋で、二階は住まいになっており、私は現在そこで居候させてもらっている。


「ただいま、かすみさんっ!」

 釣り道具一式を軒先に放るように置くと、私はのれんをくぐって我が家へと飛び込む。

「あら、美湖(みこ)ちゃんおかえりなさい」

 切りかわった視界に、色彩華やかであたたかみのある店内が広がる。
 四方の壁にはさまざまな絵画が所せましと並べられ、一見するとそれを商売にしている店のようだ。

 お客さんの姿はなく、がらんとした店の真ん中で布巾を持ったかすみさんが出迎えてくれる。

「昨日手に入れたあの絵、さっそく飾っちゃった。はぁ……やっぱり素敵」

 かすみさんはそう言って、熱っぽくうっとりとした息を吐く。
 向かいの天井付近に飾られた真新しい武者絵に視線は一直線。
 肩のあたりでゆるくまとめた亜麻色の髪がさらりと揺れ落ちる姿は、女の私でも見惚れそうなほどにきれいだ。

 そんなかすみさんは、ここいずみ屋の店主をしている。
 二月前に父を亡くして天涯孤独となった私を引き取り、世話をしてくれている恩人だ。
 京でも指折りの絵画収集家で、お気に入りの一枚を手に入れるたびにこうして店内に飾っていく。

「ついに天井まで絵で埋まって来たねぇ。目立つところに貼ってもらえて、お父さんもきっと喜ぶよ」

 私は心からの笑顔を向ける。
 かすみさんが特にひいきにしてくれている絵師は、私の父である天野川光(あまのせんこう)だ。
 父は依頼があれば何でもといった具合に色々な分野の絵を描いていたけれど、中でもすごろくや凧などに使われる玩具絵(おもちゃえ)は特に評判がよく、多くの作をのこした。
 この店の壁にも何点か飾ってある。

「天野先生の肉筆画は、遺されたものが少ないでしょ? だから特に人気でね。あの絵も手に入れるの大変だったのよ」

「かすみさん、集めて遊ぶのはいいけど、絵の中の男の人に本気になっちゃダメだってば~」

 恋する乙女の眼差しで展示絵の数々を見渡すかすみさんを、わりと本気で心配する。
 美人だし、かぐや姫顔負けのモテっぷりなのに現実世界の男の人に目を向けようとしないのは、あまりにも勿体ない。
 実際この店のお客さんも八割方かすみさん目当てだし、中には運命の殿方がさりげなーく混じっているかもしれないのに。

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