よあけまえのキミへ
決意を新たに、私は階段を降りて一階へと向かう。
夕方までまだ時間はあるけれど、田中さんたちに会う前に酢屋さんにも顔を出しておきたい。
「かすみさん、片付け終わったよ! 今からちょっと出かけてくるね!」
土間でお湯を沸かしながら食器を整理しているかすみさんに声をかける。
「あら、美湖ちゃん。棚の中の大福が減ってる気がするのよ、不思議ねぇ……美湖ちゃん食べた?」
「あれ? 朝に話さなかったっけ? 昨晩中岡さんが訪ねて来たって」
首をかしげるかすみさんの横で片足を軸にふらふらと草履をはきながら、言葉を返す。
きちんと説明したしたはずだ。
かすみさんは『眠っていて全く気がつかなかった』と目を丸くしていたのを覚えている。
「ああ、そうだったわね。ごめん、あんまりごっそりとお菓子がなくなってたものだから。中岡さん……たしかまた訪ねて来てくださるのよね? 美湖ちゃんの留守中にいらしたら、中で待っててもらうわね」
「うん! そうだ、このあと会う田中さんや橋本さんも、時間があるようだったら夕餉に誘うね」
「ええ、楽しみに待ってるわね。それじゃ、気をつけて行ってらっしゃい」
「はぁい! いってきます!!」
昨夜中岡さんを招き入れた勝手口の戸を引いて、日差しの強い小路へと駆け出して行く。
そしてそのまま小走りで表通りへと回り、軒下に置いてある釣り道具を回収する。
ふと顔を上げた先に立つ正面の木戸はかたく閉ざされ、休業を告げる貼り紙の白さがやけに際立って見える。
(こうして釣りに行けるのも、あと何回かなぁ……)
ぼんやりと、そんなことを考えながらいつもの道を歩いて高瀬川へと向かう。
やっと釣りのイロハが分かりかけてきたところだし、かぐら屋へ行ってからもたまにはこっちへ釣りをしに来れたらいいな。
私は、高瀬川沿いの風景が好きなのだ。