よあけまえのキミへ

第九話 異変


 夕方にまた川沿いの道の上で会おうと約束していた彼らが、ここにいる。
 一体どういうことなんだろう。

 別々に知り合った田中さんと坂本さんが、気心の知れた様子で会話している現実に、思わず目を丸くする。

「田中さんこそ、どうしてですか!? 坂本さんとお知り合いなんですか……!?」

 思考が追いつかず、私は座布団の上に正座したまま置物のようにかちんこちんになっていた。

「俺と嬢ちゃんは、たまに高瀬川沿いで話をする程度の顔見知りじゃ。田中くんや大橋くんも嬢ちゃんとつながりがあるがか?」

 襖の前でつかえるように停滞している田中さん達の背を押して部屋の中へと招き入れながら、坂本さんはさらりと私との関係に触れる。

「まぁ、なんつぅか……いろいろあってオレも顔見知りなんすよ」

 狐につままれたような、いまいち釈然としない表情で首をひねりながら田中さんが答える。

 その言葉に続くように、穏やかな足取りで私の目の前に片膝をつき、頭を下げるのは、写真で見た通りの顔立ちの――

「初めまして、大橋慎三(おおはししんぞう)と申します。田中くんから話は聞いています。ほとがらを拾ってくださったそうですね」



 間違いなく、写真に写る三人目の男の人。

 結って肩にかけた髪がゆるやかに波うち、真っ白でパリッとした羽織は全身を清らかに誇り高く包みこむようで――その姿は、例の写真からそのまま抜け出してきたかのようだ。

 ただひとつ、私が知っているのと違うことといえば……

「おおはしさん……ですか? あれ? かすみさんからは、橋本さんだと聞いていましたけど、人違いだったかな」

 そう言って首を傾げる私を見て、はっとした様子で息をのむと、大橋さんは申し訳なさそうに小さく苦笑する。

「人違いではないでしょう、いずみ屋には何度か通いましたからね。混乱させて申し訳ありません、今は大橋と名乗っています」

「そうなんですか……わかりました、大橋さん。私は、天野美湖といいます」

 変名、というやつかな。

 いろいろな理由があって、宿やお店を訪れた時に仮の名前を名乗る人が存在すると、むかし雨京さんから聞いたことがある。
 それは偉い人がお忍びで利用する場合だったり、仕事の都合上おおっぴらに名前を出したくない場合であったり……更には、何かうしろめたいことがあって名前を伏せたい場合であったり。

 どんな事情があるのかは知らないけれど、本人の語り口から見てそんなにやましい感じは受けないし、あまり追及はしないでおこう。

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