よあけまえのキミへ
「……あれは」
陸奥さんが、ふと足を止めた。
視線の先――斜め前方に目をやると、小走りで駆けて行く集団が見える。
ぞろぞろと、十数人はいるだろうか。
浪士のような風体のその一団は、全員が揃いの羽織をまとっており、遠目から見てもかなり目立つ。
それぞれが腰に差した刀に手をかけ、中には担ぐように槍をたずさえた人もいる。
武装し、結託したその一団が走り抜けて行くのを、街の人々は道の端で身を縮めながら見守っている。
陸奥さんは息を殺して、古びた宿の脇から伸びる暗い路地へとすべり込むように身を隠した。
それに合わせてひやりとした小路に足を踏み入れた私は、彼らが走り去った大通りに顔を出して、ゆくえを追う。
「――もう完全に見えなくなったみたいですね、あのダンダラの羽織は……」
見覚えがある。
京に住む人間なら、誰でも知っている分かりやすい目印だ。
『新選組』
京にたむろして悪さをする浪人たちを取りしまっている組織だ。
その名をよく聞くようになったのはここ三、四年のこと。
あやしい浪人を見つければ、街中であろうがかまわず刀を抜いて力ずくでしょっぴいたり、場合によってはその場で斬ってしまうこともあるらしい。
遠目からでもよく目立つダンダラ模様の羽織が隊服だそうで、浪士さん達だけにとどまらず、街の人々からも厄介事の象徴のようにおびえられている。
「新選組か……確かいずみ屋は、やつらが向かった方向にあったな。すまないが、送るのはここまでにさせてもらっていいか?」
「あ、はい! でも陸奥さんはちゃんとしたお仕事で京に来てらっしゃるんですよね? だったら新選組に何かされるようなことはないと思いますけど」
「単純に、あの手のやつらが好きじゃないんだ。悪いが、今日はここで帰らせてもらう……すまないな」
小路から抜け出して左右を見渡すと、陸奥さんは大きく一息つく。
「いえ、送ってくださってありがとうございました。坂本さん達にもよろしくお伝えください!」
「ああ――それと、一つ言っておきたいことがある」
これまで気だるそうに力の抜けた会話をくり返していた陸奥さんが、急に真剣なまなざしでこちらを見据える。
「……何ですか?」
「今後はあまり、坂本さんや田中達には関わらないことだ。酢屋に来るのもやめておけ。先刻の話で少しは分かったと思うが、おれたちにもいろいろと事情がある。何かと揉め事も多い。関わらないにこした事はない」
「そんな……でも、みなさんいい人たちですし! またその、揉め事が解決したら……」
たしかに、ここ数日で出会ったばかりの人たちだ。
くわしくは何も知らない。
でも、またかぐら屋で会おうと約束したばかりじゃないか。
「中岡さんが何故わざわざおまえに文を託したのか理解できなかったが……話してみるとなかなか面白いところもあるようだ。おれも、個人的にはおまえのことは嫌いじゃない」
「だったら、いいじゃないですか。またそのうち……」
「そうだな……覚えていれば何年か後にかぐら屋を訪ねることもあるかもしれないが、当分は駄目だ。しばらく酢屋には来るな」
「そんな……」
「伝えたいことは、それだけだ。じゃあな」
うつむいて言葉につまる私を見下ろしてつぶやくようにそっと言葉をかけると、陸奥さんはきびすを返し、人の波をするするとすり抜けるように、もと来た道を走り去って行った。
(送ってくれたのは、その一言を言うためだったんだ……)
嬉しかったのに。
やっぱり酢屋を訪ねたのは迷惑だったのかな。
――田中さんたちも。
文を届けるところまではよかったはずだ。
でもそのあと、彼らの問題に首を突っ込もうとしたのは良くなかったかも……。
せっかくできた縁だと、喜んでいたのに。
もし彼らにとって迷惑なら、陸奥さんが言うようにもう会いに行かないほうがいいのかな。