よあけまえのキミへ

 大きくため息をついて、一人とぼとぼと帰路につく。
 気がつけば空もうっすらと橙に染まり、かあかあと二、三羽飛び立つ烏が、なんともいえない夕暮れのわびしさをそっと目の前に運んでくる。

 ――結局、田中さんや大橋さんを夕餉に誘えなかったな。
 かすみさんは、はりきって腕をふるってくれているかもしれない。
 だとしたら申し訳ないな。頭を下げて、私が二人の分もたいらげよう。

 そんなことをぼんやりと考えながら、いつも通るにぎやかな路地を早足で歩いてゆく。


(なんだか今日はいつも以上に賑やかだなぁ、人が集まって……何かあるのかな?)

 いずみ屋に近づくにつれ、何やら眉をひそめてひそひそと言葉を交わす人々が、遠巻きにこちらを見つめてくる。
 何だろう。何かあったのかな?


 異様な雰囲気にのまれて足が止まりかけたその時――まばらな人だかりの奥から見慣れた顔の女の人が駆けよって来て、私の腕をぐいと引きよせた。
 あさひ屋のおかみさんだ。

「美湖ちゃん! どこ行ってたん!? いずみ屋さん、大変やで……! 新選組の御用改めやて、今かすみちゃんが中で尋問されてるみたいや」

「え……? 新選組が?」

 なんで、いずみ屋に?
 おかみさんは、困惑した表情で震えながら私に詰めよる。

「うちら、何度も忠告したはずや。どこのもんかもよう分からん、銭無しの浪士達にええ顔ばっかしとると、いつかえらい目に遭うって……」

「それは私たちも分かっています……すみません、今までご近所さんに心配をおかけして。ですけど、今日からお店を閉めているんです。もう揉め事は……」

 起こりようがないはずだと、たどたどしく主張しようとする私の言葉を、あさひ屋のご主人がため息をつきながら否定する。

「それがなぁ、今日の昼すぎにまた三人づれで浪士どもが来よって……何や、ごちゃごちゃと揉めよったみたいやで。新選組が駆けつけたんは、それからほどなくしてのことでな」

「そんな……どうして……」


 ――三人づれの浪士。
 きっと深門さん達だ。
 揉めたって、何を?
 かすみさんは無事なの……?

「すみません……! 私、いずみ屋に戻ります! くわしい話はまたあとでさせてください!」

 何がどうなっているのか分からないけれど、とにかく一刻も早くいずみ屋に帰らなきゃ。
 人の波をかきわけながら、前だけを見て全力で走る。

< 50 / 105 >

この作品をシェア

pagetop