よあけまえのキミへ

「隊長、だめです。やつら散り散りになって……途中一人を追い詰めたんですが、寸でのところで逃してしまいました。申し訳ありません!」

 と、店内に息をきらせて走りこんで来たのは、例の目立つダンダラ羽織をまとった責任感の強そうな青年。
 うしろに続いてぞろぞろと、口惜しそうに汗をぬぐう六、七人の若い隊士の姿も見える。


「逃しただと!? 三人ともか!?」

 立ち上がって、すごい剣幕で目の前の隊士に一喝する永倉さん。
 戻って来たばかりで息も荒く汗だくな数名の隊士たちは、緊張したように頬をこわばらせてぐっと拳を握る。

「手分けして追ったんやろな? それぞれ、どこで見失うた?」

 不甲斐ない部下たちに鉄拳制裁でもしちゃうんじゃないかというピリピリとした永倉さんを抑えるように、横から山崎さんが口をはさんだ。

「もちろん、手分けして追いました。一人はこの通りを進んだ先の、宿場町付近で雑踏にまぎれて見失いました」

「もう一人は河原町あたりまで追って、長屋の一室に消えたように見えたんですが、くまなく調べても見当たらず……」

「もう一人は付近をぐるりと回るように逃げて、ここらまで戻ってきたようだったんですが、ぷつりと姿が見えなくなって……今も数名で捜索させています」

 こうもよくない報告を立て続けに並びたてられると、不安や困惑を通りこして力が抜けてしまうもので、私とかすみさんは血の気が引いた顔を見あわせて黙りこんだ。

「……やつらを残さずしょっぴかねえ限りは、この店も危険にさらされ続けるわけだからな。ここにこのまま留まることはお勧めできねぇ。できれば今日からでも別所に移れないか?」

 予想外の報告を受けて苦々しい顔でうなる永倉さんが、そう言ってかすみさんの方に視線を送る。

「そうですね、先ほどお話していた通り明日には実家のかぐら屋へ移る予定です。今日は……どうしましょうね、美湖ちゃん」

 そうこちらに話をふられて、言葉につまる。
 よくよく考えれば、いずみ屋にしろかぐら屋にしろ、かすみさんが場所を用意してくれなければ、私には行くあてが全くない。

「いずみ屋の女将さんは、話を聞きがてら今夜は新選組の屯所で世話してもいいが、行くあてがねえならお嬢ちゃんも一緒に来るか? 相手をとりのがしたのはこっちの責任でもあるし、一晩くらいなら保護できるはずだ」

 そう提案してくれる永倉さんに向かって、私は小さく頭をふる。

「いえ、大丈夫です。このままお店をあけるのは心配なので、私がここに残ります」

「アホか……それが一番アカン言うてるやろ。近いうちに相手はまたここに戻ってくるはずや。新選組も暇やないから、いずみ屋に張り付いてはおれんのやで。夜は特に狙われやすいやろうしな」

 私の発言にすかさず山崎さんが言葉をかぶせる。

「それは分かりますけど、こんな騒ぎになって、また今夜こりずに来たりするでしょうか? しばらくは警戒してるんじゃないかなって思うんです。部屋の中に盗品がないか調べたいですし」

「美湖ちゃん、気持ちは分かるけど、やっぱり危険よ……そうだ! 向かいのあさひ屋さんに泊めてもらえないか聞いてくるわ」

 かすみさんがぽんと手をたたき、名案だとうなずく。


 あさひ屋さん……。
 昨夜浪士への対応について話し合ったばかりなのに、昨日の今日でまたこの騒動だ。
 さすがに、いい顔はしないだろう。

 さっき話をしたときも、厄介ごとを持ち込んだ私たちを非難する気持ちをかかえていることは、態度を見ても明らかだった。

 そんな状態で、泊めてくれと頼むのは気がひけるな……。

「迷惑じゃないかなぁ」

「こんな状況だしな、断りもしねぇだろう。俺も一言声をかけに行かせてくれ」

 しぶるように言葉を濁す私を置き去りにして、かすみさんと永倉さんは連れ立って店を出て行ってしまった。


 そっか……。
 どのみち、ご近所のみなさんに迷惑をかけてしまったことに変わりはないから、一言店主として頭を下げに行かなきゃいけないんだ。

「私も行ったほうがいいかな……」

 少し考えこんで一歩踏み出した私の手首をぐいと引っぱり、山崎さんが制止する。

「子供は黙って待っとき。ええか? 向かいに泊まる事になっても、店主が戻るまではこの店に入るんやないで?」

 まるっきり、小さな子供に言い聞かせるような口調。
 たしかに私の考えは子供っぽいかもしれないけど、こうも露骨に、仕方なく子守をやってますといった態度をとられるとさすがに少し傷つく。

「子供じゃありません。大切な店だから、これ以上何か起こらないように守りたいだけです……かすみさんに心配をかけるのは嫌だから、ちゃんとあさひ屋さんで大人しくしてます」

「分かればええ」

「あさひ屋さんは向かいにありますし、できるかぎり窓からいずみ屋を見張っていようと思います」

 もう二度と店を荒らすようなことは許さないと、気合いを入れなおす。

 話が一段落ついていくらか頭が冷えてくると、気づかないうちに店を利用された事実に、怒りとくやしさがわき出してきて止まらない。
 これ以上彼らの好きにはさせない、絶対に。

「今夜はうちの隊士たちがここらの巡回に来るはずやから、何かあればそん時報告してや。わいも、夜中に一度様子見に来るわ」

「分かりました、ありがとうございます」

 子供あつかいはひどいけど、こちらに気を配ってあれこれ助言してくれる山崎さんは、やっぱり昨夜の印象通り優しい人みたいだ。
 感謝の意をこめて、私は深々と一礼する。

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